2007.12.12 Wednesday
恋愛を捨てて結婚に挑もう(1)
以前の記事と同じようなフレーズで恐縮です。その昔、寺山修司という方がおられたそうな。前衛的かつ怪しげな劇団を率いておられた方だったそうじゃが、彼には「書を捨てて街に出よう」という作品があったそうな。
そこで、そのタイトルを拝借して、今日から数日は「恋愛を捨てて結婚に挑もう」といういかにもチャレンジ精神あふれるシリーズが開始。
「恋愛を捨てて結婚に挑もう。」その本質は「オムツを捨てて、パンツを履こう」と同じ。「たとえが下品だしー」とか「恋愛で真剣勝負している私(俺)は赤ん坊扱いかい?!」とのご批判はごもっとも。
しかし、あえて申し上げたい、「結婚の前には恋愛など、オムツを履いた赤子並みなのじゃ!」と。「結婚こそ、大人の男女の愛の完成形、それに比べれば、恋愛なんて、お子ちゃまのお遊びなのだ」。と。
「うわー、その上から目線、超むかつくー!」との声もあるでしょうが、ヤンキー牧師は負けません。問答無用!それくらい結婚は偉くて、恋愛は偉くないのです。結婚は恋愛を上から目線で見てもいいのです!「結婚は殿様、恋愛は家臣。下克上するなよ」と言いたいくらい。(もちろん、既婚者が未婚者より偉いという意味ではありませんので、誤解のありませんように。)
話は変わりますが、先日、あるご夫妻にお会いしました。二人の出会いは7、8年前に私が講師を務めさせていただいたある団体の青年キャンプ。そのときのテーマはずばり「結婚、恋愛、性」。
妻であるクリスチャン女性はそれまでは結婚に対してはマイナスイメージばかり。そのキャンプで聖書的結婚観に開眼し、素直に結婚願望を持ったのです。それだけでなく、そのキャンプで出会った男性と結ばれ、今は二児の母に。
夫であるクリスチャン男性も、結婚を考えつつ、そのキャンプに参加。結婚について深く考える中で、その女性と出会いやがて結婚。彼とは約7年を経て、つい最近再会。その時は彼の所属協会で、私が結婚について講演。講演後、彼は私にこう告げました。
「先生のおっしゃるとおりでした。恋愛をしたいと思っている間は、結婚の道が開かれませんでした。恋愛を捨てたら、結婚へ導かれました。」
もしかしたら、彼はあのキャンプで恋愛を捨てて結婚に挑む決意をしたのかもしれません。恋愛を捨てきれず、結婚に挑むことに躊躇する読者諸君!このシリーズに学び、正しい恋愛観と結婚観をもって、この二人のように幸せな結婚へと前進しようではないか。
そこで、そのタイトルを拝借して、今日から数日は「恋愛を捨てて結婚に挑もう」といういかにもチャレンジ精神あふれるシリーズが開始。
「恋愛を捨てて結婚に挑もう。」その本質は「オムツを捨てて、パンツを履こう」と同じ。「たとえが下品だしー」とか「恋愛で真剣勝負している私(俺)は赤ん坊扱いかい?!」とのご批判はごもっとも。
しかし、あえて申し上げたい、「結婚の前には恋愛など、オムツを履いた赤子並みなのじゃ!」と。「結婚こそ、大人の男女の愛の完成形、それに比べれば、恋愛なんて、お子ちゃまのお遊びなのだ」。と。
「うわー、その上から目線、超むかつくー!」との声もあるでしょうが、ヤンキー牧師は負けません。問答無用!それくらい結婚は偉くて、恋愛は偉くないのです。結婚は恋愛を上から目線で見てもいいのです!「結婚は殿様、恋愛は家臣。下克上するなよ」と言いたいくらい。(もちろん、既婚者が未婚者より偉いという意味ではありませんので、誤解のありませんように。)
話は変わりますが、先日、あるご夫妻にお会いしました。二人の出会いは7、8年前に私が講師を務めさせていただいたある団体の青年キャンプ。そのときのテーマはずばり「結婚、恋愛、性」。
妻であるクリスチャン女性はそれまでは結婚に対してはマイナスイメージばかり。そのキャンプで聖書的結婚観に開眼し、素直に結婚願望を持ったのです。それだけでなく、そのキャンプで出会った男性と結ばれ、今は二児の母に。
夫であるクリスチャン男性も、結婚を考えつつ、そのキャンプに参加。結婚について深く考える中で、その女性と出会いやがて結婚。彼とは約7年を経て、つい最近再会。その時は彼の所属協会で、私が結婚について講演。講演後、彼は私にこう告げました。
「先生のおっしゃるとおりでした。恋愛をしたいと思っている間は、結婚の道が開かれませんでした。恋愛を捨てたら、結婚へ導かれました。」
もしかしたら、彼はあのキャンプで恋愛を捨てて結婚に挑む決意をしたのかもしれません。恋愛を捨てきれず、結婚に挑むことに躊躇する読者諸君!このシリーズに学び、正しい恋愛観と結婚観をもって、この二人のように幸せな結婚へと前進しようではないか。

