命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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信仰継承の鍵は親の子離れ?
 先日、琵琶湖でもたれた中高生キャンプでお世話になった某牧師よりメールをいただきました。キャンプでの私の拙いメッセージから受けた恵みに発して、さらに深められた内容をお分かちしてくださいました。同時にそれは毎日、教会信徒に配信しておられる「日々の御言葉」であるとか。これを拝読し、まるで、逆輸入のように私が大変教えられたので、それを某牧師の許可をいただき、ご紹介申し上げます。(太字や段落などは私の編集によるもの)

 「なぜ、あなたがたは、わたしが命じたわたしへのいけにえ、わたしへのささげ物を、わたしの住む所で軽くあしらい、またあなたは、わたしよりも自分の息子たちを重んじて、わたしの民イスラエルのすべてのささげ物のうち最上の部分で自分たちを肥やそうとするのか。」汽汽爛┘1:29   

 先週参加したティーンズ・バイブルキャンプ(中高生キャンプ)。テーマは「いきかたチェンジ」。その第一回目のメッセージのタイトルは「親子関係をチェンジ」でした。聖書は「父と母を敬え」と同時に、「父母を離れ」とも教えている。講師の先生は、主にあって両親を離れていくことをキャンパーたちに熱く語られました。このメッセージ、とても考えさせられました。私にとっては、親として「子離れ」を考えて育てなさい、との神さまからの語りかけでした。 

 エリの息子たちは、ささげものの肉のことで主を侮るばかりか、会見の天幕で仕えている女たちと寝るという罪を犯し続けていました。父親であるエリは、彼らに注意を与えますが、息子たちは父の言うことをぜんぜん聞こうとしません。

 あるとき神の人がエリのところに来て、彼に主のことばを語ります。冒頭の聖句はその中の一部分。罪を犯しているのは息子たちです。エリ自身は責められることは何もしていません。しかし、主はエリを責められました。「あなたは、わたしよりも自分の息子たちを重んじ」。エリは、主よりも息子たちを重んじていた、と言われるのです。

 祭司エリにしてみれば、そんなことは思っても見なかったことでしょう。だれよりも主を愛し、仕えている自分が、主よりも息子たちを重んじていたなんて!エリの問題はなんだったでしょうか?それは、彼が子離れをしていなかったことにあると思われます。エリは、息子たちを自分のもとで育て、信仰教育をし、やがて彼らは祭司にもなりました。しかし、息子たちは神を恐れていなかった。それは、彼らが信仰的に自立していなかったことを現しています。

 繰り返しますが、エリは主よりも息子たちを重んじていたなんて、これっぽっちも考えていませんでした。しかし主を信頼して、子どもたちを精神的に「手放す」ことをしなかったエリは、彼らの信仰的自立、彼らが神と一対一で生きていくことを妨げていたのです。主のみこころは、人が「父母を離れて」神に信頼して生きていくことでした。 

 その点、サムエルの両親はこのことをよく理解していました。彼らは乳離れしたサムエルをシロの神殿に連れて行き、息子を祭司エリにゆだねます。両親は年に一度だけシロに行き、息子と会いますが、それだけ。まさに子離れ。主を信頼して、主の手に息子をゆだねました。

 「少年サムエルはますます成長し、主にも、人にも愛された。」(26)聖書はその結果を私たちに教えています。 子育てだけではありません。人を育てるときに、私たちはあるところで、手放すことを求められます。それをしないと、相手の自立を妨げることになるのです。

 「わたしよりも自分の息子たちを重んじた」というのは、人が信仰的に自立するという主のみこころよりも、自分の情愛を重んじた、ということではないでしょうか。なかなか気づきにくい点ですね。

 キャンプの講師の先生はこうもおっしゃいました。「聖書の教えは『夫婦は一体、親子は別人』、ところが日本は『親子は一体、夫婦は別人』」。これもまた考えさせられました。はたして、エリの夫婦関係はどんなものだったのでしょうか?(書いてありませんが)。 

 以上です。何と、深く聖書的でしかも現実生活と結びついた思索でしょう。「こんなメールが毎日来るなら、私もこの教会の会員になりたい!」なんて思ってしまうほどです。

 エリの息子たちとサムエルの違い、エリとサムエルの両親のあり方の違い、神様を第一としているつもりでも無自覚なうちに子どもの信仰的自立を妨げる親の情愛、さらには最終的に問われる親の夫婦関係・・・・・

 聖書の記事は、今の日本の信仰継承問題とクリスチャンホームに直結するものです。親の愛情も信仰教育も大切、しかし、重大な原則を忘れてはならないでしょう。それは、親の子離れ。子どもへの信仰継承の失敗原因が、実は親の側の子離れ不足にあるケースも多いのでは?また、教会教育や弟子訓練も、手離してこそ、自立した判断のできる次の世代のリーダーが育つのでしょう。

 やはり、親の子離れこそ、信仰継承の鍵。このブログでは何度も繰り返してきたフレーズです。夫婦は一つになるために愛し合うのです。子どもは離れるために愛するのです。
| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 09:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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