命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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和田アキ子に学ぶ福音宣教
 これは私の持論ですが、歌謡曲をバカにする音楽ファンは大衆音楽というものを分かっていないのです。特に洋楽ロックのファンには分かってない方々が多いように感じてします。「洋楽を見事に分析し、日本の大衆に受け入れられるよう再構成・再統合し、産業システムを通してヒットさせ、商業的成功を得る」これが歌謡曲です。

 洋楽ロック以上の雑食性とたくましさ。歌謡曲とは食文化におけるラーメンやカレーライスに匹敵する偉大な文化なのです。外国文化を見事に日本大衆文化として定着させているのです。というわけで歌謡曲を見下すなら、それは「ラーメンは中国4000年のスピリットを失った」とか「カレーライスはインド文明に対する冒涜である」というのと同じくらいの見当違いでありましょう。

 本質やスピリットを薄めてでも、大衆化を図るのが歌謡曲。「売れて何が悪い!」「売れないロックより売れる歌謡曲」との開き直り的態度さえも、もはやカレーライスやラーメン並みに偉大なのです。

 ですから、歌謡曲の歴史に名を残す歌手の中には洋楽の観点からも、評価されるべき方々も多いいるのでは?沢田研二さんは歌唱法においてもキャラにおいても国民的人気を得た初の本格派?ロックシンガーであります。美空ひばりさんも、最高のジャズシンガーだと私は思っています。そして、和田アキ子さんは、日本における先駆的なR&Bシンガーであります。

 その和田アキ子さんから福音宣教を学ぼうとしう意味不明な企画。教材となる歌は「あの鐘を鳴らすのはあなた」。

 普通のバラードのような歌い出しから、ファンキーな黒人的な中間部を経て、サビはR&Bバラードです。麗しくも堂々たるメロディーのバックには、いかにもというR&Bビートが流れているのです。洋楽のおいしいところを寄せ集めて再統合し、それを高次元の創造にまで高めているまさに名曲。作曲・編曲は森田公一さんと知って納得。

 しかし、もっとすごいのが、作詞です。やはり大物、阿久悠さん。この歌、冒頭が素敵です。「あなたに逢えてよかった」との歌いだし。では、なぜ、良かったのかと言えば「さわやかな希望の匂いがする」からなのです。では、この方との交わりの中で経験したことは「躓いて、傷ついて、泣き叫んでもさわやかな希望の匂いがする」ということ。二番になると「愛し合う心が戻ってくる」というのです。そして「優しさやいたわりや触れ合うことを信じたい心が戻ってくる」とのこと。

 「あなた」を「イエス」やJESUSに置き換えてもびったりなのでは?クリスチャンの多くはイエス様に「希望の匂い」を感じたはず。躓き傷つき泣き叫ぶことがあってもそこに希望を見出し、愛し合う心、信じる心を回復したはず。いいえ、神の似姿としての自己回復を得たはず。そして、もはや希望の匂いではなく、希望そのもの、究極的な唯一の希望と知ったはず。

 さらにサビに来ると、一カップルの幸福を歌っているの?と疑問に思えるほど、そのスケールは大きくなります。一番では「街は今、眠りの中」「人はみな悩みの中」で二番では「街は今、砂漠の中」「人はみな孤独の中」と歌います。まるで神のあわれみの視点で、人々を見るような歌詞です。

 そして、言うまでもなく結論は「あの鐘を鳴らすのはあなた」なのです。ここでイメージされる鐘はお寺の鐘でも火の見やぐらの鐘でもありません。間違いなくキリスト教会の鐘でありましょう。そしてその鐘の音は希望の調べ

 直接的には、「あなた」とはヒロインと結婚に向かう素敵な彼氏でしょう。しかし、作詞者が、リスナーに向かって与えようとしているイメージはそれだけではないようです。その背景に一男性を超えた真の希望を与える方を感じさせようとしているように私は思えます。個人的な恋愛と希望を超えたあるイメージを与えて、作品をより崇高でスケールの大きなものとして完成させようとした意図を感じます。阿久悠さんのイメージには明らかにキリスト教会があったはず。さらにその奥にはぼんやりではあっても救い主の愛と希望があったのでは?と推測。

 この曲は1972年に最優秀歌唱賞を受賞。この年であることを確認して、改めて持論に自信を持ちました。それはこの作品は日本版「明日に架ける橋」であろういう一見、無謀な仮説です。S&Gの歌う同曲は70年以降に大ヒット。もちろん日本でもそれなりのヒットに。

 「明日に架ける橋」は明らかなゴスペルスタイルでキリストの愛と希望を歌っているようで、さらに普遍的な友情や隣人愛や希望を指し示しているようです。この曲はポール・サイモンがカトリック神父からの影響で作った作品だとか。しかし、彼はユダヤ人でキリスト教には批判的な面もある人物ですから、私は同曲は、100%のゴスペルではなく、ゴスペルを模倣しつつ最終的には普遍的な友情や希望を歌っていると判断しています。いわばジューイッシュゴスペルか、人類普遍ゴスペルでしょう。

 阿久悠さんはこの名曲に触れ、同曲の普遍性やスケールの大きさと個人の友情や恋愛をダブらせる手法を取り入れたのだと予想しています。表面上は希望の人と出会い、新たな人生のスタートした個人の歌、しかし「街は今」「人はみな」と普遍化し、教会とキリストのイメージをリスナーの深層心理に届け、文字通り魂に届く作品にまで高めたのでは?

 実際に紅白歌合戦では、ゴスペルのように聖歌隊をバックに歌ったようですね。

 そうです。時代を超えて愛されるヒット曲には普遍性があります。そしてスピリットがあります。通常のヒット曲はスピリットを薄めて大衆化を狙い商業的成功を収めます。しかし、この曲は洋楽の形態の模倣でありながら、歌謡曲レベルを超えるまでスピリットを高めているのです。食文化にたとえれば、一流シェフの料理を大衆食堂で出して行列ができているような作品でしょう。

 かなりのこじ付けでしょうが、この作品には、福音宣教について学ぶべき要素があります。
(1)街は今、霊的眠りと砂漠状態、キリストなき人はみな悩みと孤独にあります。

(2)日本社会の人々は希望を求めていますし、かつ「さわやかな希望の匂い」を嗅ぎ分ける臭覚を持っています。

(3)この方に出会うなら、「愛する心、信じたい心が戻ってくる」など、本来の人間性を回復します。

(4)そうした方々に「あの鐘を鳴らすあなた」を紹介するのは、既に「あなた」に出会った者たちの使命に違いありません。

 以上、長々と和田アキ子さんから学びました。
| ヤンキー牧師 | キリスト教界(論説読みきり) | 08:06 | - | - | - | - |
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