命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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牧師と信徒、これが見本かも?(1)
 最近のこと。某教会で奉仕の機会をいただき、非常に教えられることが多かったです。地元には一つの大学しかなく、就職先も限られており、高校卒業後は若者が流出してしまうような過疎の地域。

 にもかかわらず中高生が多く、ほとんどが既に受洗者。さらに小学生も多数集っているのです。クリスチャンホームの子どもたちはほとんど定着している様子。救われる人も着実に起こされており、成熟したクリスチャン男性たちが、実に明るくリーダーシップをとっております。特別、際立った方法論やプログラムがあるわけでもなく、自由さと聖さを併せ持つこの交わり。

 教会のヴィジョンは「神の家族」だそうです。まさに観念やスローガンで終わらず、本気で実現してきたことをうかがわせる教会!今回は私自身も依頼された「神の家族」をテーマに奉仕。健全な交わりで教会が建て上げられており、教育も宣教も実を結び、信仰継承が見事に成功している教会。しかも、著名牧師や大規模教会でないのです。これは、大発見だと思いました。

 私なりの観察では、その秘訣の一つは牧師と信徒の関係が好ましいこと。そのような関係を長年にわたり築き上げてきたことのようです。

 一人の信徒が以下のような発言をしておられました。「信徒と牧師はお互いを見ているというより、主にあるヴィジョンを共有してそれを見ています。だから、大きく外れることがないのです。時々足元を見て安全確認すればいいのです。お互いばかりを見ていれば批判や不満も出てくるでしょう。」

 「なるほど、ヴィジョンの共有で結びつく牧師と信徒の関係か?」と感心。信徒に対して、全く権威的でも隷属的でもない牧師、牧師に対して依存的でも支配的でもない信徒。ヴィジョン通り、家族のように権力関係や上下関係とは無縁の家族のような結びつきなのです。

「でも、ヴィジョンの共有によって牧師と信徒の関係が、機能的にならずに自由で、暖かな愛を感じさせるのは、なぜか?」と私なりの疑問。一般的にヴィジョンの共有を土台とした一致は健全で好ましいものですが、ともすれば、相互の関係が機能的で希薄になりやすいもの。

 同じ信徒はこう語りました。「この教会は、牧師の愛がヴィジョンとなり形となっているだけです。」(もちろん、牧師個人のヴィジョンでなく教会全体で共有されているヴィジョン)

 なるほど納得。失礼ながら、カリスマ性も特別な賜物もリーダーシップの強さもおよそ感じさせない牧師。逆に、真実さと謙遜さと愛を感じさせるこの牧師に、「誰にとっても手の届く牧師の理想像」を見たような気がしました。私自身も牧会宣教の現場をお訪ねして、心からの尊敬を抱かずにはおれませんでした。

 豊かな賜物を持つ牧師、優れたリーダーシップやカリスマ性を持つ牧師、著名牧師、大規模教会の牧師、注目を受ける新たな方法論の導入に成功した牧師などからは、学ぶことも多々あるかと思います。しかし、平均的な牧師にとってはモデルにならないようです。その意味では、もしかしたら大発見をしたのでは?と感じています。

 続いて、この好ましい牧師と信徒の関係を記してみたいと思います。
| ヤンキー牧師 | 権威・リーダーシップ、牧師と信徒 | 08:41 | - | - | - | - |
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