命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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塩気なき塩は食卓なき家庭から
 17日の記事「ノンクリスチャンンの相談に学ぶ・・」を南国のブログ王子、久保木牧師が取り上げてくださり、より深い考察を加えて、優れた記事としておられます。

 是非、ご一読を。
http://blogs.yahoo.co.jp/sjy0323jp/61168907.html

 まずは、「塩気なき塩は食卓なき家庭から」とのタイトルが秀逸です。

 社会的に尊敬される職業の親ほどダブルスタンダードに陥りやすい傾向があり、子どもに悪影響を与えるという指摘は痛いですが、その通りでしょう。牧師家庭や教会員家庭も例外ではないでしょう。私自身もそうした事例に遭遇することはしばしば。

 タイトルの「食卓なき家庭」とは大葉ナナコ著「いのちはどこからきたの?」からのもの。同著によれば、孤食している子ほど、初交年齢が早いということが統計から明らかになっているのだとか。久保木牧師の記事によれば家庭で家族で食卓を囲む機会の少ない子どもほどセックスの初体験が早くセックスが生活の中に日常化するのだそうです。

http://blogs.yahoo.co.jp/sjy0323jp/17015815.html

 親からの愛情実感と性行動の関係は、(特に女子の場合)明らかなのですが、意外と知られていません。子どもの教育費のためにとの共働き、子どもの将来を願っての学習塾通い。それ自体が悪いとは私は思いません。しかし、それが、子どもに孤食の機会を増やすことになるなら、検討や軌道修正の余地はあるでしょう。もちろん、孤食そのものの問題ではないのですから、孤食せざるを得ない家庭環境や経済状況の場合、家庭内や周囲の人々がどうフォローするかが大切でしょう。

 引用が鋭いです。ダラス・ウィラード著「心の刷新を求めて」からは次の言葉。
「神との関係で正直に生きていない人々にとっては、身体がおもな快楽の場となります。」

 ジャン・バニエの「愛と性の叫び」からはこのような引用が。
「端的に言えば、性欲への暴力的表現と渇望は『家庭』が感じられない時に起きるのです」

 「仏教には仏壇、神道には神棚がある。キリスト教には食卓がある。」とお聞きしたことがあります。クリスチャンホームの食卓は、信仰継承の場であり、主にある家族愛を実感する場であります。その食卓は、全人的に子どもを成長させます。それは狭義の信仰継承でなく、愛情や自尊感情、性意識などすべてを聖書的で健全な人格へと成長させてくれるものでしょう。

 後藤敏夫先生の著書の言葉。「仕事中心の生活から食生活中心の生活」への転換。この日本社会の中では、決して容易ではないでしょうが、優先順位やバランス面で努力目標としていくことはできるのではないでしょうか?

 個人的にも、改めて家族そろっての食卓を大切にしたいと願いました。重ねて、久保木牧師のこの記事は絶賛です。是非、ご一読を!
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