命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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高3女子の乳児遺体遺棄事件を受けての切なるお願い
 今日のヤフーのトップページに悲しい記事が。

「死体遺棄容疑で女子高生逮捕=ごみ袋に乳児遺体―警視庁」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100921-00000042-jij-soci

 「届くことができたら」、「本会のことを知っていてくれたら・・」、正直、そうした思いがします。働きの中で、親や家族が発見、あるいはクリスチャンである友人や教会が妊娠を知ったから、本会がお力になれて、助かったいのちがあります。そうでなければ、同様のことになりかねないケースにいくつか遭遇してきました。決して多くはありませんが、家庭の事情やお腹の大きさなどで、本当に家族が気が付かず、出産にいたるケースはあるのです。「捨てるなら」「死に至らしめてしまうくらいなら」と私たちは思いますが、孤立してしまった歳若い妊婦は、そうした冷静で客観的な判断を失うものです。そして、誰にも告げられず、芽生えたいのちと自らにとって最悪の結果をもたらすのです。

 いのちを落とした子どもの父親に当たる人物は出頭もせず、指名手配もされず、女子高生とその家族だけが様々な面での制裁を受け、人生において不利益を被るのでしょう。これも、不条理です。この女子高生は犯罪の加害者であると同時に、身勝手な性の被害者でもあります。しかし、きっと男性は無責任な加害者に過ぎないでしょう。

 将来ある女子高生を、守ることができず(多分)身勝手な性の犠牲者にし、芽生えたいのちさえ犠牲にすることについては、私たち日本の大人たち全体の責任を認めざるを得ません。そこで、私から土下座する思いでお願いがございます。

(1)どうか、日本のキリスト教会の責任の一部として受け止めて下さい。
 教会が、散らされた教会であるクリスチャン個々が、地の塩世の光として機能していれば、こうした事件は、避けられた可能性があるのです。クリスチャンである私たちは、まるで自分の責任と関係ないかのような思いでなく、「教会の力不足」「私たちの証しの至らなさ」として、こうした事件を受け止めていただきたいのです。そして、今の立場できる事を考えていただきたいのです。

(2)教会とクリスチャンホームは性のテーマから逃げるのは止めて下さい。
 どうか、当事者感を持って下さい。教会に集う青年や学生、中高生の中には、こうした事件に発展してもおかしくない事例が既に起こっています。この事実から目を背けず、聖書が明確に記している性について指導者や親は教えていただきたいのです。ご自分ができないなら、できるように学ぶか、できる方に依頼して下さい。それは、子どもに対しての大人として最低限の責任だと思います。

(3)本会の働きと存在をお知らせください。
 周囲の方々に機会があれば、本会の働きと存在をあらかじめ知らせておいて下さい。もし、その方や知人・家族が、妊娠した場合、本会の介入によって今回のような事件に発展することが避けられるのです。メール一通、電話一本で最悪の事態を回避できるのです。残念ながら、クリスチャンホームの子どもたちや教会に集う若者も例外ではありません。その現実を認めて、むしろ教会の中からお知らせいただきたいのです。

(4)学校関係者の皆さんへ
 女子高生の妊娠が発覚すると、学校は生徒と親の敵になってしまいます。なぜでしょうか?妊娠したり、出産すると、事実上、退学をせざるを得ないからです。逆に隠れて中絶すれば、学校を続けられるのです。
 これは、決して学校が悪いわけではありませんが、結果的に、「学校を続けたいなら中絶」という選択を誘導していることになります。もちろん、教育現場とすれば、妊娠出産した生徒を指導対象とするのか?という意見もあるでしょう。しかし、そうした方針のままでは、これからも学校の体質がこうした事件を起こす背景にある原因の一つになっていくのではないか?ということだけは考えていただきたいのです。
 母親クラスが高校にあるアメリカは異常だと多くの方は思うでしょうが、学業継続のために中絶する女子高生やそうさせる親が大多数の日本社会はもっと異常です

 「もし、妊娠したら、学校に申し出るのですよ。希望すれば出産しても卒業まで学校続けていいですよ。」「高校生が妊娠出産するのは、無責任です。でも芽生えたいのちに対して責任をとる事を応援し、高校卒業までは、あなたの力になります」、きれい事の正論と言われても、私はこれが本来の教育だと思います。少なくとも他の教育機関と連携して高校卒業まで学業を継続できる道を与えてやって欲しいのです。教育現場で生徒に「正直者はバカを見る」と教えることがあってはならないでしょう。

 妊娠出産した女子生徒を卒業まで応援する学校、母親教室のある女子高校、そうした方針を打ち出せば、きっと、学校の評価は下がるでしょう。ですから、暴論を覚悟で書くのですが、学校継続のための女子高生の中絶や新生児遺棄を防止できる決定打の一つは、間違いなく学校側の方針転換です。

(5)女子高生がセックスしていいかどうか?考えさせてください。
 今、一般の性教育も、「いのちの教育」あっての「性教育」という流れにあります。性にはいのちに対する責任があります。セックスすれば妊娠の可能性はあるのです。
 だから出産育児できない状況や年齢でのセックスは、とんでもない無責任であることを、大人たちは子どもたちに知らせて欲しいのです。

 「愛し合っているならいいのでは?」は間違いです。「芽生える可能性のあるいのちに対して責任がもてないから、してはいけない!」 それは宗教道徳に関係なく、常識です。セックスは愛の行為であるだけでなく命を生み出す行為なのですから。
 「愛し合っていたら当然」という風潮や声に勇気をもってNO!を言える大人たちが増えることが、こうした事件を減らしていくのでしょう。私たちの勇気の欠如が、子ども達を犠牲にすることがあってはなりません。

(6)親としての責任を果たしてして下さい。
 母親である皆さん、どうか、女性の先輩として、娘さんが無責任な男性たちの性の犠牲にならないよう指導をお願いします。誠意ある男性の見分け方、自分を守る事の大切さ、交際の仕方など先輩として教えて下さい。「あれはだめ」「これはだめ」でなく「こうしましょう」「こうするといいよ」と具体的に示してください。いいえ、ご自分の失敗例を紹介してでも、娘さんを守って欲しいのです。

 父親は娘さんが愛情実感するように、親として接し、愛情を注いで下さい。女子中高生が無責任な男性に魅力を感じ、性を与えてしまう原因の第一は、「父親からの愛情実感の欠如」です。信頼できない男性、自分を大切にしてくれない男性をわざわざ選び、性関係を持つのは、幼児期から児童期にかけて受けられなかった父からの愛の補償行為であります。これは心理学の世界では定説のようです。
 もちろん、息子さんへの「愛するとはどういういことか?」「男性としての女性といのちへの責任」の教育もお願いします。親として、家庭教育の一部として、どうかこうした責任を果たしていただければと願ってやみません。

 改めて、読者の皆様には、失礼な表現や内容も含まれている事を承知の上で、どうしても、お願いしたいのです。このことは、子どもを不幸な性や無責任な性情報から守ろうとしない日本の大人たちの責任が重いのです。どうか、当事者感をもって、同じことがこれ以上起こらないためにも、ご検討いただきたいのです。

 この失礼で拙い記事を、誰か(特に親、教会指導者、学校関係者)に紹介することも、今できることの一つなのかもしれません。
| ヤンキー牧師 | 妊娠・出産・不妊治療 | 14:02 | - | - | - | - |
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