命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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KARA事務所契約解除事件から考える?牧師と信徒の関係
 この件はあまり詳しくないのですが、東方神起などの件を見ても、「奴隷労働」と批判されるほど、韓国におけるタレントの扱いや不当な契約は時に著しく人権感覚に欠けるもののようであります。KARAの契約解除も、金銭問題よりは「一方的」「人格否定」が理由らしいです。

 あるテレビ番組ではこの件について 一人の女性タレントがこんな意見を訴えていました。

 「事務所とタレントの関係はパートナーシップのはず、事務所がタレントを支配しようとするから問題になる」

 なるほどと思います。しかし、同時にこれはタレント側からの正論や理想論に過ぎないのかもしれません。事務所側からすれば、タレントを芸能というビジネスにおける商品扱いするのか?一人の人格としてビジネスパートナーと考えるのかは大きな違いでありましょう。

 事務所側としては莫大な金と人をかけて資本投資したのですから、売れたら、資本回収するのは当たり前でしょう。そういう発想一辺倒ですとタレントはまさに商品でしょうし、行き過ぎれば奴隷労働、搾取、人権侵害も起こりかねません。

 逆にタレントを育ててチャンスを与えて優れた芸能活動をさせて人気者にすること、それ自体に大きな意味や喜び、使命感を持っており、なおかつ、それをビジネスとして成立させようとするなら、タレントはビジネスパートナーとなるでしょう。

 そこで、考えてしまったのが、牧師と信徒のパートナーシップであります。読者の皆さんは「牧師と信徒はパートナーだ」と考えたことがあるでしょうか?いいえ、むしろ、牧師先生に同じ質問をしてみると面白そうですね。


 聖書が示す牧師と信徒の関係はあえて選ぶとすれば、次のどれに近いでしょうね?

ー膺佑氾枸譟⊃栃と子分
経営者と労働者 上司と部下
6技佞叛古漫〇嫋△板鏤
ご篤弔帆手 コーチと選手
ダ治家と有権者 村長と村人
κ慷屋と顧客 サービス業と顧客
族議員と圧力団体 雇われ店長と店のオーナー

 一部、,里茲Δ世筏磴い討い信徒の方もいれば、Г両況で辞表を懐に、ストレスを溜めている牧師先生もいらっしゃることでしょう。△鉢Δ両態の教会も少なくないのでは?

 健全な牧師と信徒の関係にピッタリのものは一つもないでしょうが、それでも私なりにあえて、選ぶなら、、ぁ↓あたりでしょうか?牧師は教師ですからでしょうが、もちろん牧師と信徒は相互に教え学ぶ関係でしょう。ですから、よい教師と生徒の関係に似ているように思うのです。い離魁璽舛帆手も似ているのでは?「聖徒を整え奉仕の働きをさせる」のが牧師の役割の一つとすれば、選手を鍛えて、共にチームの勝利を目指す関係は、教会形成のためのパートナーシップに多少、似ているのでは?イ両豺腓蓮⊃由粉愀犬龍い村長と村人は、近いのでは?善良な村長は村人の立場に立って村人の幸せの実現を願い、指導をします。サーバントリーダーであるはずの牧師も、信徒の立場にたち、その成長と祝福を願って、リーダーシップを行使します。

 きイ△燭蠅痢◆峩Δよいクラス作り」、「共に強いチーム作り」、「共に幸せな村作り」などは、健全な教会における牧師と信徒の関係に近いのでは?そう考えますと、やはり、健全な牧師と信徒の関係には、「共に教会形成をするパートナー」という面があるのではないかと考えるわけです。

 信徒が牧師をパートナーとして考えないと、自分は教会形成に参与しない牧師依存となります。
主体的に聖書を読んで考えずに、牧師の言いなりとなるか、牧師に感情的反発を覚えるかの両極端に走ったり。
 
 牧師の側も信徒をパートナーとしての一面を否定するなら、信徒を思い通りに支配し、誘導し、キリストに代わって自らが教会の頭になったり、逆に、神の御心ではなく、信徒の要求実現やご機嫌伺いに走りかねません。

 もちろんパートナーシップだけが信徒と牧師の関係のすべてではないでしょう。しかし、共に教会を建て上げるパートナーシップ、共に生き生きとした礼拝を作り上げるパートナーシップ、共に熱意をもって宣教を進めていくパートナーシップ。そうしたパートナーシップの関係性を認めない、教えられない、聖書に書いてあると考えない、あるいは知っていても、都合が悪いので採用しない、現実化できそうにないので目指そうとしないなどの態度が、教会に不健全さを生み出す要因の一つではないかと危惧してしまいます。

 「事務所とタレントの関係はパートナーシップのはず、事務所がタレントを支配しようとするから問題になる」

 この言葉の、「事務所」を「牧師」に、「タレント」を「信徒」に置き換えても、一定の真理を示しているように思えるのですが、どうでしょう?

 逆に言えば「事務所とタレントの関係はパートナーシップのはず、タレントが事務所に依存するから問題になる」というのも一面の真理でありましょう。

 どうも、牧師が疲弊して働きを退いてしまったり、信徒が疲れて教会生活を離れてしまう要因の一つは、日本の教会に見られる 「共に〇〇する」という牧師と信徒のパートナーシップ意識の欠如にあるのかもしれません。

 読者の皆様におかれましては、KARAと芸能事務所の決裂のごとき悲劇を起こさないためにも、「牧師と信徒はパートナーか?」「聖書はそのように記しているのか?」を一度考えてみてはどうでしょう?
| ヤンキー牧師 | 権威・リーダーシップ、牧師と信徒 | 08:30 | - | - | - | - |
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