命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
<< 「親子別教会という選択肢」(1) | main | 論理力、構築力、判断力欠損型男性の原因は? >>
「親子別教会」という選択肢(2)
 私が信徒であった頃のお話し。近隣教会の牧師の娘さんが半年か一年ほど、礼拝に来ておられました。「何でまた?」と疑問に思っていたのですが、「親以外の説教を聴いて教会生活を送ってみたい」との希望があり、親である牧師の理解を得て来ておられたと判明。

 当時、この方は20代前半だったと思いますが、きっと、ご自分なりの信仰的な自立親を客観視する必要、クリスチャンとしての自らをも客観視する必要を感じられたのでしょう。しばらくすると、目標を達成したように、父親が牧している所属教会に戻って行きました。

 クリスチャン子弟、特に牧師子弟の中には、/仰的自立、⊃由陛自立、親の客観視、ぜらの客観視のために、(聖書的是非は別にして)こうしたプロセスを一時的に体験する必要のあるケースも多いのでは?と思っています。それが中高生時代なのか?青年期なのかはそれぞれでしょうし、それが必要のない子どもやクリスチャン親子、教会もきっと多いことでしょう。

 進学や就職などで、牧師である親を離れて、他の教会に集い、そこで、信仰的に目覚めたり、自立的な信仰にステップアップするというのは、時々お聞きすること。牧師である親にとっては多少複雑な心境でしょう。しかし、残念なようですが、実はうれしい話ではないでしょうか? 

 ある牧師に冒頭の他教会で一時的に礼拝を続けた牧師の娘さんのことをお話しました。その牧師は、正直に「そういう方法もあったのか?もっと早く、そのことに気がつけばよかった!」とおっしゃりました。人間的には自立した善良な男性なのですが、信仰を持たないまま、未信者女性結婚間近の息子さんについて、そのように悔やんでおられたようです。その牧師の判断では、自分が牧するとは別の近隣教会行ってくれてもよいので、子どもには信仰を持って欲しかったということでしょう。

 「親子は同じ教会で礼拝」、これは聖書的根拠を持つものか?それとも、日本福音派教会に刷り込まれた「1950年代アメリカ白人教会の幻想」なのか?また、一般論ではなく、もう少し、限定して、ある自立などの目的のために、思春期青年期限定で一時的に親子別教会という選択肢は、どうなんでしょうね?


 ※サイト本体を経由せず読まれた方はこちらをクリックお願いします。
 「小さないのちを守る会」
〈ワンクリックが小さないのちを守るサポートになります〉

| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承シリーズもの | 18:36 | - | - | - | - |
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>
+ RECOMMEND
+ RECOMMEND
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ RECENT TRACKBACK
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE