命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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育てよう健全クリスチャン(9)〜鑑定士・予想屋クリスチャン

 9回目は、「鑑定士・予想屋」クリスチャンであります。鑑定士と言っても、骨董品の鑑定や宝石の鑑定ではありません。イメージとしては、ヒヨコのオスとメスを瞬時に見分けるあの鑑定のイメージに近いでしょう。

 鑑定士クリスチャンはあのヒヨコの鑑定士のごとく、あっという間に、鑑定して、分類します。何を鑑定するかといえば、日々の生活で出会う問題、課題、試練、困難であります。どう、分類するかといいますと、「祈ること」と「祈らないこと」に分類するのです。しかも、瞬時に迷うことなくですからすごいです。

 鑑定士によってその分類は様々、精神的なことは祈るが、現実的なことは祈らない。観念的なことは祈るが、具体的なことは祈らない。教会のことは祈るが、家庭と職場のことは祈らない。自分で努力しても無理な事は祈るが、努力すればいいことは祈らない、などなど。それを瞬時に判断して分類するのです。

 「あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい」と勧めた信仰現実主義者ヤコブは、きっと「苦しんでいるのに祈らないなど、宝の持ち腐れ」と激怒するか泣くことでしょう。

 こうした鑑定と分類によって、祈りを通じての神の業は既に半減してしまいます。半分ほどは、「分別ゴミ」のごとく、「ゴミ箱行」きです。「祈りを通じての神の業をゴミ箱ポイしてどうすんの?」と神様の嘆きの声が聞こえそうです。

 ここまででも十分残念ですのに、さらに残念なのが、予想屋までしてしまうのです。予想屋と言っても競馬やボートレースなどの勝者を予想するのではありません。何と、不謹慎なことでしょう!祈りながら、まるでギャンブルのごとく、祈りの的中?を予想をしてしまうのです。

 「どうせ祈っても無理だろう」「多分ダメかも」と思ってしまうことはあるでしょう。それを不信仰の罪として自覚し悔改めて祈り直せばいいのです。そうではなく、単に神の祈りを通じての業をギャンブルのように予想するのです。その結果は当然、多くの場合「無理だろう」と思ったことは無理で、「ダメかも」と思ったことは「やっぱりダメだった」で終わります。そして、極めて高い的中率を誇る予想屋クリスチャンとなり、いよいよ自分の予想に困った自信を持ってしまいます。

 ついには祈りを通じての神の業を、自らの予想的中の範囲に狭めてしまうのです。その信仰生涯は「ありそうなことはあり」「なさそうなことはない」という実につまならなく、退屈で信仰のダイナミズムのかけらもないもので終わっていくことでしょう。

 「祈る前の鑑定士」と「祈りながらの予想屋」。誰もが経験のあることでしょう。「できるものならというのか?信じるものにはどんなことでもできるのです」というあのイエス様の信仰のチャンレンジの前に自らの不信仰を悔改め助けを求めた父親(マルコ9:22,23)のようでありたいと願います。

 そう、「鑑定士・予想屋クリスチャン」という名の不信仰を悔改めながら祈り続ける健全クリスチャンのお互いでありたいですね。

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