命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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嫁と姑(2)〜息子は最初から母のものではない!
 これまで何度か息子さんが結婚したというクリスチャン女性からお聞きしてきた感想。それは・・・

 「嫁にとられた!」というもの。

 あるクリスチャン女性からお聞きした時などは、「そんなように思われるんですね」と笑顔で共感を示しながら、内心では「最初からあんたのものとちゃうでしょー」と聖書的正論で裁いてしまったことも。我ながら、つくづく性格が悪いと思います。「名古屋出身で、血液型がB型ですから、お許しを」というのは、どこかの大臣のように、きっと責任転嫁なのでしょう。

 人間の深い罪深さに由来するのでしょうか?それとも神様が与えた自然の摂理なのでしょうか?どうしても母親と嫁はライバルになりやすいもの。ただ、現実は明らかであります。繰り返し申し上げますが、母親たちがどんなに男の子をかわいがって大切に育てても、大抵、最後は「他の女のものになりますからー、残念!」という懐かしのギター侍的結末が待っているのです。

 子どもは神様のもの、そして社会全体に与えられたもの、神様から担当者として、責任を委ねられたのが親に過ぎません。親は委ねられたいのちを自立まで育てて、神様にお返しし、社会に送り出すのが使命でありましょう。

 あるクリスチャン女性は妊娠で大きくなったお腹を愛を込めてなぜながら、「別人格、別人格」と胎児と自分に言い聞かせていました。私はこれなどは、聖書的育児観の体現であろうと賞賛するわけです。

 男の子などは、もともと母親のものでないし、どうせ若い女のものになるのですから、自立に至るまで育てるだけの愛情を注ぎ責任を果たせばいいのです。そんなに息子に注ぐ愛があるなら、夫に回しておいたほうが正解ですよ。息子など離れていくのですから、ずっと死ぬまで一緒なのは夫。息子より夫へ愛は注ぎましょう。夫に注ぐべき愛まで息子に注ぐとそれは「過干渉」や「過保護」という名の愛とは別のものへと変質しかねませんから。

 「嫁にとられた」との感情は正直で受け止めてさしあげるべきだとは思います。しかし、その背後に「子どもは母親のもの」という意識が少しでもあるなら、それは子育てにおける「世と調子を合わせる」(ローマ12:2)姿勢に相当するのではないでしょうか?ちょっと厳しいかもしれませんが、日本のクリスチャンの母親の皆様にはその点において「心の一新によって自分を変えなさい」(ローマ12:2)なる命令に従うことの大切さを思います。

 「そもそも息子は、私のものではないのです。息子は嫁にとられたのではなく、母である私が夫と共に、嫁のものとなるのにふさわしく自立させ、送り出したのです。」

 私はこれなどが、聖書的模範解答かな?と思うのですが、どうでしょう?
| ヤンキー牧師 | 夫婦相互の課題と成長 | 20:52 | - | - | - | - |
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