命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
<< 大阪クリスチャンセンター講演会の最終ご案内 | main | 自立を忘れた子育ては後ろの山に棄てましょう(3) >>
自立を忘れた子育ては後ろの山に棄てましょう(2)
 「親だけ婚活パーティー」の話だけでも呆れたり、怒ったりの私なのですが、 最近、会員の方から、教えていただいたネタでは、ぶち切れてしまいました。それは結婚式の披露宴でのことですが・・・・・

 新郎新婦と各両親6名でのケーキカット

 これは、ぶち切れましたね。あの披露宴のケーキカットの意味は「二人で最初の共同作業」とちゃうんかい?!司会者のベタで臭いあの解説にも、それなりの根拠を認めて、拍手喝さいしてきたのに・・・・。こんなケーキカットなら、本音としては退場して、抗議の意向を表明したいわ!

 「父母を離れて、結び合い、一体となる」という創世記2:24の言葉、ケーキカットというセレモニーは、ある意味、聖書の結婚観を一定体現していると思います。親を離れた二人だけで協力して、公の場面で作業をするのですから。これは親からの自立と二人での人生の出発を意味するわけです。

 ああ、それなのにそれなのに・・・・。この「二世代ケーキカット」の場合、司会者は何と解説するのでしょう?「お二人の共同作業に、これまで育ててくださったご両親の助けをいただいて」とか、人情噺みたいな情緒的必然性を与えるのか?

 結婚披露宴で親との分離より、親とのつながりを優先してどうすんの?

 こういうセレモニーをしてしまう精神性、育児観が恐ろしいわ!この忌まわしきセレモニーの意味が深層意識に留まって、大切なことを夫婦だけでなく、やたらと各両親の助けを得て決断実行するような夫婦になったら、大変なことでしょうが?そんなの結婚ではなく、「結婚ごっこ」「ままごと」でしょうが?親から精神的に自立できていない者どうしの結婚は、実質、「ごっこ遊び」でありましょう。

 以前、あるクリスチャンカップルからお聞きしたお話です。新婚旅行から帰り、結婚生活の報告や御礼などをしに、夫の側の両親の家に行った時のこと。未信者である夫の父はこう語ったそうです。

 「これから、一年は、絶対に一人でそれぞれの両親の家に行ってはいけません。行く時は必ず夫婦そろって行くように。」

 残念ながら聖書を読まぬ未信者の方が、聖書を読んでいるはずのクリスチャンより、聖書的正解をもっており、その実践をしているとうことも。

 そこで考えたのです。これからの結婚披露宴では、ケーキカットではなく、テープカットをしてはどうでしょう?新郎新婦のお腹からテープが出ています。二本のテープはそれぞれの母親につながっています。「今、新郎新婦はまさにご両親を離れ、結び合い、一体となることを皆様にお見せします」との司会者の解説の後、このテープを切るのです。

 そうです。親との精神的へその緒を切るのです。もはや親の尻拭いを期待せず、原則として夫婦二人で主体的に責任をもって家庭を築いていくには、「二世代ケーキカット」より「テープカット」であります。結婚にとってケーキを切るより大切なのは世代間の絆を切ること、世代間分離に違いありません。

 自立を忘れた子育ては、とっとと後ろの山に棄てましょう。結婚時まで延長すると、致命的になりかねませんから。 


 ※サイト本体を経由せず読まれた方はこちらをクリックお願いします。
 「小さないのちを守る会」
〈ワンクリックが小さないのちを守るサポートになります〉
| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承シリーズもの | 07:15 | - | - | - | - |
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
+ RECOMMEND
+ RECOMMEND
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ RECENT TRACKBACK
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE