命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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オープン・ザ・エロ or サイレント・エロ?
 中高生や青年クリスチャンとの交わりでは教えられることばかりであります。最近、学んだ事は「オープン・ザ・エロ」という表現。この発案者によれば、次のような主張であります。

 男性は全員基本的にエロである。
そうでない男性がいるように見える。
しかし、現実は、それを明らかにしているか、隠しているかだけの違いだけである。

 つまり、男性の本質を明らかにしているのが「オープン・ザ・エロ」というわけです。彼は、自分は健全なレベル?で、男友達とそうした話をして発散していて、それはある意味よいことだろうと主張するのです。逆に、そういうことをしないで、隠れてアダルトサイトなどにはまっていくのは、友だちもできないし、人間として不健全だという見解なのです。

 男性が集まれば猥雑な話題になることは、世の常でもあります。男性のクリスチャンはこうしたことで戦いや葛藤があるもの。クリスチャンが下品な猥談をするのは聖書が明確に戒めていることでしょう。ですから、こうした論理でエロ話するのを正当化するのはどうかとは思います。クリスチャンとして健全なレベルの性についての話しというのはあるとは思うのですが・・・。

 これを聞いて、考え付いたのが、「サイレント・エロ」であります。古語で言えば「むっつりすけべ」に相当するでしょうか?また、「オープン・ザ・エロ」は、「連帯性のエロ」で、「サイレント・エロ」は「孤立性エロ」と表現できるのかも。

 どうでしょう?猥談中に沈黙したり、そうした交わりを避けながらも、「サイレントエロ」の不健全な世界に陥りかねないのも、クリスチャン男性たちが持つの弱さなのでは?そう考えると彼の無謀な論理も、サイレントエロの不健全性についてだけは、部分的な真理はあるのではないかと思えます。オープンな方が健全だというのは、開き直りになってしまうのでしょうが、半面、サイレントな側の陰湿さや偽善性を言い当てているようには思うのです。

 男性たちの交わりで猥談が始まったら、正直な思いを話しながら、クリスチャンとして「清く正しく健全なエロ」をオープンにできたら、健全かつよい証しになるのでしょう。おかしな表現ですが、それは精神面における性欲の健全な発散なのかもしれません。とは言えそれは、あまりにも狭き門ですよね。それができないなら、「勇気ある沈黙」や「聖さを守るための離脱」なども、一つの選択肢かと考えます。

 どうも、現われが「オープン」か「サイレント」かよりも、聖書が命じる性的聖さを追求するかどうかの心や決断の方が、大切なのは間違いなさそうです。若きクリスチャンから刺激されたこうしたおかしな考察が、男性間の交わりの中で、苦闘しているクリスチャン男性たちの参考になれば、感謝。


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