命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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キリスト教会イロモネア(4)不幸せの黄色いドンパチ
  このシリーズ、まだ終わっていません。いろとりどりです。今日は黄色。念のために申し上げておきますが、これ「幸せの黄色いハンカチ」のパロディーであります。

 教会にとってもそこに集うクリスチャンにとっても不幸なのは、黄色いドンパチであります。「ドンパチ」と言っても、銃で撃ち合うわけではありません。銃撃戦の如き論争や言い合いであります。それが熱いものであっても、怒りや憎しみがなければ、有意義なものですし、建徳的な場合もあるでしょう。

 よろしくないのは「黄色いから」であります。それは怒りや憎しみや敵意などを示すカラー。対話を通じて、相手を尊重理解し、一致に向かおうとするのでなく、自分の言い分の正しさを主張し、自分の思いを実現しようという時に、「黄色く」なるのでしょう。黄色は注意信号の色です。聖書にもこんな言葉がありますね。

  「男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。」(汽謄皀藤押В検

 「聖書的男前」は「男は黙って〇〇ビール」ではなく、「男は黙って手を上げお祈り」ということでしょうか?祈り不足で論争ばかりというのは、どうも「聖書的いけてない男」らしいですぞ。聖書が示すのは柔和さ、それは反論もできず、相手の意に沿う軟弱さではなく、どのような相手も受け止めながら、自分は折れない柔らさ、ぶつかり合わぬしなやかさ、しなう竹のような強さであります。

 「拍子木は、両方が硬いから音が出る、一方が柔らかければ音は出ない

 そんなたとえを聞いたことがあります。「そうだよなー、片方が拍子木でなくちくわなら、音出ないよなー」と漫画チックなイメージを思い描いたことがあります。

 「黄色いドンパチ防止」のためには「ちくわクリスチャン」になることでしょうか?

 「でも、ちくわクリスチャンって、芯がないから、柔和でなく単なる軟弱なんじゃない?」との反論が聞こえてきそうです。その反論、正しいと思います!
 



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