命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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育てよう健全信徒(12)ウイークリーどんぐりころころクリスチャン
 今回のシリーズは童謡をネタということで第12回目は「ウイークリー・どんぐりころころクリスチャン」であります。つまり、前回の「どんぐりころころクリスチャン」の別バージョン。

 教会では主日礼拝がささげられ、クリスチャン達は祝福の基として世に遣わされていきます。どんぐりの木を離れて、「どんぐりゾロゾロ」と教会から証しの生活への派遣されるわけです。しかし、残念ながらどんぐりの中には、「礼拝から世に派遣されている」という意識ではなく、「世から礼拝に遣わされている」との「逆派遣意識」で信仰生活を送るどんぐりも。

 そうしたどんぐりは、一週間単位で、「どんぐりころころ発・お山が恋しい着」のローテーション生活に。派遣意識があれば、ころころとお池に遣わされても、大丈夫。戦いや葛藤を経て、たとえ敗北や挫折があっても悔改めて、恋しいお山に帰ってくるのです。

 しかし、逆派遣意識に基づくライフスタイルですと、「どんぶりこ」と、恐れも躊躇もなく、すっかりお池にはまってしまいます。これは「お池にはまってさあ大変」なのです。お池という神なき人間中心ワールドで、ドジョウ距離を置いたり、戦うことがありません。ドジョウと共に泥水に浸かり、世と調子をあわせまくりで、ドジョウと遊んでしまいます。

 派遣意識のあるどんぐりならば、そこで、悔改め、立ち返りますが、逆派遣意識のどんぐりは、それが「定番の平日生活モード」なのです。およそ悔改めの必要を感じません。そのような使い分けダブルスタンダードが、自分のクリスチャンとしてのライフスタイルなのです。

 では、すっかり、神様のことを忘れて、教会から離れてしまうかと言えば、週末になると「やっぱりお山が恋しい」のです。神様や教会の交わりからの離脱に至ることは、ありそうでないのです。

 こうして、「どんぐりころころお池にはまってさあ大変→ドジョウと遊んでも悔改めず→やっぱりお山が恋しくて→主日礼拝出席→また、どんぐりころころ」というパターンを一年52回ほど繰返す、それが、「ウイークリー・どんぐりころころクリスチャン」。その根底にあるのは、逆派遣意識やダブルスタンダードの正当化

 神様の派遣命令とは言え、どんぐりの木を離れて、お池に遣わされるのは、怖いです。辛いです。そこには葛藤や戦いがあるのですから。パウロでさえ、こころの片隅には恐れや恥を持っていたようです。ですから、お互い「どんぐりオロオロ」や「どんぐりソロソロ」あるいは「どんぐりトロトロ」でも良いので、正直に恐れや恥を認めながらも、どんぐりの木からお池に遣わされたいと願います。

 そう、たとえ、「どんぐりボロボロ」になっても、悔改めるなら、恋しいお山に受け入れられ、神様は再派遣して下さる!その恵みに生かされていることがクリスチャンであることの喜びであり特権なのでしょう。
| ヤンキー牧師 | 「育てよう健全牧師」シリーズ | 22:17 | - | - | - | - |
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