命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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思考放棄結果としての「既成継続」と「既成否定」

 橋下徹氏が勝利とのこと。その是非を問う意図はありません。この結果の要因が有権者の既成政党や既成政治への失望や不信にあるという点は考えたいわけです。既成のものへの失望と不信が、既成を否定し未知なる将来を語る者の支持へと有権者を向けたと言われています。

 こうした傾向は、なにも政治の世界だけではないでしょう。経済や産業、教育や医療にも同様の傾向や課題や傾向があるようです。既成のシステムや方法論ばかりか理念までもが限界と判断され、その打開策が模索されるのですが、既成の否定の向こうに新たな希望の実現があるのかどうか怪しい場合も。

 既成の継続を選択しても、既成の否定を選択しても、心配なのでは、その判断にしっかりとした思索があるかどうか?であります。どうも、現在の日本という大衆社会にあっては、思索による判断より、感情や流れやムードによって、既成を考えもなく肯定したり、逆に既成の否定を安易に善とする傾向があるのではないかと心配です。

 無思慮になると、人間は、必要な既成の改善もせず規制路線を肯定するか、必要な既成の継続をせず全面否定するかの「オールorナッシング思考」に走ってしまうと思うのです。

 その両極端の代表的フレーズとしては「何が何でも守り抜く!」と「ぶっ壊す!」でありましょう。どちらもインパクトがあり、人の心を動かしますが、同時に人を無思慮に陥れるようで心配です。しっかりとした思索があれば、大抵の場合は、既成を改善したり、既成を捨てつつも必要部分は継承するものかと思います。

 キリスト教界にもそうした両極端が起こりやすい時代と社会ではないかと思います。既成を握り締めて枯渇していったり、既成を否定し到達したものもやがて否定せざるを得ない場合も。ゆっくり立ち止まり、聖書の視点での現状判断と、聖書的思索による取捨選択の大切さを思います。大阪ダブル選挙を機にそうしたことを考えてみました。

| ヤンキー牧師 | キリスト者として考える社会事象 | 15:07 | - | - | - | - |
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