命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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男女間の友情成立が困難である脳科学的根拠

 未婚のクリスチャン女性から時々、いただく質問の中に、「男女で友情は成立可能か?」というものがあります。また、クリスチャン女性からは「主にある兄弟として愛を示したのに、恋愛感情を持たれてしまった」との苦情や相談をいただくこともしばしば。逆に男性クリスチャンからは、「クリスチャン女性から、好意と勘違いするようなことをされて困る」とか「好意もないのに、あまりに親切にされるのは、辛い、残酷」などの声もお聞きします。

 このことについては以前、ブログ記事に記しました。

女性は兄弟愛のつもり、男性は恋愛と勘違いという実例はこちら。

「女性側の善意がもたらす男性側の勘違い」
http://blog.chiisana.org/?eid=1108920

 男性が勘違いしやすいこと、また、男女の友情のあり方の違い(女性は感情共有、男性は情報と使命共有)に男女の友情が成立困難な理由があるとの説はこちら。

「惚れてまうやろー」
http://blog.chiisana.org/?eid=1153076

 まあ、こんなところで、自分としては納得していたのですが、先日「さんまのホンマでっか?TV」を視聴。某脳科学者の先生が、「男女の友情不成立の脳科学的根拠」を語っておられました。それによれば、友情と恋愛では司る脳の部分が異なるとのこと。どうも、そのために生殖年齢である異性と認識すると友情を司る部分が機能しないらしいのです。「脳が異性との認識」→「脳の友情機能停止」ということのようです。

 私が思うにこうした傾向は、女性より、男性に圧倒的に強いのでしょう。どうも男性はハンターであって、瞬時に獲物としての女性を見分ける能力が備わっているように思えてならないのです。

 私自身は脳がすべてだとする「唯脳論者」ではありません。愛するという世界には「霊」の領域が深く関わっていると考えています。しかし、愛の感情や行動、思索として現われたり意識されることについては、脳が大きな役割を担っているのだろうとも思っています。「兄弟愛」を司る部分が脳にあるとしたら、それは、やはり、友情担当と同じ部分なのでしょうか?

 もちろん、聖書は男女間での兄弟愛を勧めています。しかし、男女間で深く感情を共有するような兄弟愛の実例や勧めが聖書にあるのか?と考えると、戸惑ってしまいます。試練や信仰的問題を兄弟姉妹として、相談し、感情を共有する中で、恋愛関係に発展するケースは時にあるもの。

 それが神様の導きで、正しい恋愛関係ならいいのですが、性的罪になったり既婚者の場合に不倫に発展するのは困り者。距離が近すぎる男女の友情や兄弟愛が、そうした残念な結果を生み出す可能性もなきしもあらずなのは現実。

聖書的な根拠よりは、むしろ現実的、そして脳科学的根拠をもって、男女間の深い友情成立は困難で、異性間の兄弟愛は一定の距離感を保つことが好ましいのでは?と思っています。

| ヤンキー牧師 | 男性(心理と性)理解のために | 11:35 | - | - | - | - |
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