命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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クリスマス前は人権週間(3)黒人教会のクリスマス(6回目掲載)
   いよいよクリスマス。私がブラックゴスペル関係や教会のクリスマスなどで時々お話することで、6年連続で掲載。これは、私の伝道者としての転機となったクリスマスメッセージでもあるからです。


「ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、男子の初子を生んだ。それで、布にくるんで、飼い葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。」(ルカ2:6、7)

 イエス・キリストという方は家畜小屋でお生まれになりました。実は、私自身ある書物を読んで、このことの持つ深い意味に目が開かれた経験あります。それは、以前、金城学院大学文学部のチャプレンであった藤井創先生の著書「世紀末のアメリカとキリスト教」(新教出版社)

 冒頭の聖書箇所からの白人教会での典型的メッセージは「イエス様は救い主としてお生まれになったのに、誰からも受け入れられなかった。だから、今、私たちはイエス様を救い主として受け入れましょう。」というもの。

 一方、黒人教会でのメッセージは「イエス様は救い主として来られたのに、誰からも受け入れられなかった。イエス様は受け入れられない者の痛みと悲しみを知っておられる。それはなんと大きな慰めだろう。」ちうもの。

 藤井先生はこうまとめておられます。「行き場のないイエスを自分たちの側に受け入れる方向のメッセージは白人教会のものであり、自らの拒絶される経験をイエスに重ね合わせるのが黒人教会のメッセージである。」(同著17ページ)

私はこれを読み悔い改めました。誰からも受け入れられぬ者の痛みや苦しみに立つことなしに聖書を読んでいたからです。イエス様自身が疎外差別される側に生き、そうした人々の側に立った「宣教のモデル」を身を持って示しておられるというのに・・・。

 この経験は私がブラックゴスペルのチャプレンとして奉仕していく神学的支えとなってきました。また、この社会から拒絶される胎児の立場にわが身をおいて、福音に生きようとする今の使命にも大きな示唆を与えてくださいました。

 こんなに豊かで平和な社会に生きながらも、居場所のなさを感じ、拒絶感を覚えなければならない私たちです。これが高度産業化と世俗化がもたらした人間疎外社会なのでしょう。そこに生きる私たちが今日、耳を傾けるべきメッセージは白人教会以上に黒人教会のものなのかもしれません。
| ヤンキー牧師 | 人権問題 | 14:19 | - | - | - | - |
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