命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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クリスマス前は人権週間(4)ミシェル・ンデゲオチェロが訴える同性愛者差別
 ミシェル・ンデゲオチェロというミュージシャンをご存知でしょうか?トータルに優れたアーチストですが、とりわけベーシストとして評価が高い女性ミュージシャンであります。ジャズ以外の黒人音楽は、スティービーワンダーさえ、あまり好きでない私ですが、彼女が、恐ろしく優れたアーチストであることは間違いないと思います。

 最近購入したMUSIC MAGAZINEの増刊で「プロテスト・ソング・クロニカル〜反原発から反差別まで」で知ったのですが、ミシェル・ンデゲオチェロには二作目に”Peace beyond passion”というアルバムがあり、これはキリスト教と差別問題の関係を鋭く訴えております。特に”The Way”の歌詞などは、痛烈です。

 こちらのブログでは、PV視聴可能で、英語の歌詞も読むことができます。
http://ameblo.jp/tkms63/entry-10427743236.html

 今回取り上げたいのが、このCD収録の「ファゴット〜レビ記」なる楽曲。「ファゴット」とは男性同性愛者への蔑称だとか。男性同性愛者が、信仰深い両親から責められ、自死を試みるという内容の歌詞。同性愛者である限りは、まるで信心深いクリスチャン両親から、息子として愛されないかのように受け止めてしまったのかと思える歌詞です。「男がもし女と寝るように男と寝るなら・・・彼らは必ず殺されなければならない」というレビ記20:13が同性愛差別の聖書的根拠とされてきたことに抗議をしているのでしょう。このことは、ミシェル自身が、黒人であり、女性であり、バイセクシャルであり、三重の意味で差別される立場にあること無関係ではないでしょう。

 同性愛行為を聖書的な視点から正当な性愛と認めず逸脱と評価することと、同性愛者の人権を認めないこととは別です。「同性愛反対=差別」ではないはず。特に同性愛者を非難するのに、レビ記を持ち出すのは、聖書の引用としては単純すぎるでしょう。この律法が語られた時代と状況や語られた目的と無関係に杓子定規に現代の問題に適用するのは、無謀すぎます。

 日本でも昔、ある同性愛者団体が某施設を借りて研修の際、同じ施設を利用するクリスチャンの団体の一メンバーから、レビ記20:13の言葉を告げられたそうです。それは日本の同性愛者の中では、よく知られた事件となっています。

 もし、こうした聖書の言葉の適用が正しいなら、その人は、同じレビ記の20章を根拠に、不倫したカップルにも、占い師や霊媒にも死刑を主張すべきです。さらには、旧約の記述を単純に現代に適用することが、正当なら、異教の神を信じる者は戦争で殺してよいことにもなりかねません。

 人権週間の中、人権を尊重される人々の中には、同性愛者や性同一性障碍者なども含まれています。「人権を認めること=その性愛行為を認めること」ではないし、「その性愛行為を認めないこと=人権否定」でもない。それが、聖書的だと私は考えています。少なくとも、クリスチャンが性的少数者を福音の恵みや神の愛と救いの対象として、最初から排除してしまうのは大間違いでありましょう。

 悪いのは聖書でもキリスト教でもありません。それを誤用、乱用、悪用した人類です。罪深い私たち人類は、こともあろうに本当の自由と平等を与えるはずの聖書の言葉を、差別や抑圧や搾取の正当化の根拠としてきました。そのためでしょうが、世界中にはキリストを賞賛しつつも、キリスト教会を敵視し、クリスチャンには失望している人々は少なくありません。この現実をどう受け止めればよいのでしょう。そして、今日の日本のクリスチャンは主の前に、どこまでの責任が問われるのでしょうか?
| ヤンキー牧師 | 人権問題 | 17:50 | - | - | - | - |
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