命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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「家政婦のミタ」から考える中絶問題

  稀に見る高視聴率で話題となっております「家政婦のミタ」。実は私もかなり観ております。このドラマは、家庭の崩壊と再構築を描いて、家族の絆を訴えているのだと思っていました。今年の漢字が「絆」であったことから分かるように、3.11を経験し、日本の大衆が問われたり、求めているのは「絆」。

 その意味で歌の世界では福山の「家族になろうよ」がそうした日本大衆の本質的な部分での共感を獲得したのでしょう。そして、テレビドラマでは「家政婦のミタ」が同じく共感を得ているのは?と考えておりました。高視聴率は単に名女優松嶋の演ずる特異な家政婦のインパクトだけによる視聴率でないのは明らか。

 しかし、ネット上でこの作品を生み出した脚本家の遊川和彦さん自身の言葉を読んで、自分の考えの浅薄さを痛感。このドラマ、家族の絆よりももう一つ重いテーマなのでそうです。それは「死んだものに対する残された者の義務」。

 まさに3.11以降、「絆」以上に重く問われていることでありましょう。しかも、このドラマは自分が家族を死に追いやったと自覚している二人(あるいは二家族)の物語。人を愛することができない人格的欠損を持つエリートサラリーマンは、人格的愛の欠落と不倫から、妻を自死に追い込んだようです。家政婦の方は、美しい笑顔が、子ども時代には父を死に追いやり、結婚後は夫と一人息子を死に至らしめたと考えています。

 三人の子どもに母親の死因が知られることとなり、家庭崩壊へ。それを再生に向けたのは、死んだ者への義務として笑顔を生涯封印した家政婦。この壮絶な過去を持つ家政婦だからこそ、死んだ者への義務を家族に果たさせたということでしょうか?

 家庭人として欠損を持つ父親と家庭で傷ついて育ってきた家政婦。共に自分が家族を死に至らしめたと考えている二人。加害者意識と罪責感を持ちながら死者に対しての義務を果たそうとする二人。それは父親にとっては、残された家庭の維持であり、家政婦にとっては、笑顔の封印と人格放棄

 最終回は、家政婦が正しい意味での「死者に対しての残された者の義務」に至るのではないかというのが私の予想。

 「死者に対しての残された者の義務
「何をしても死者は戻ってこない現実
「それでも残された者に責任や使命があるのか?

 こうしたテーマは、中絶問題に直結するように思います。なぜなら、中絶体験者の女性たちの多くは、わが子という家族を、最終的には自らの意思決定によって、死に至らしめたと考えているからです。自己価値が低下し、自分が幸せになってはならないと考える女性たちも。幸せな生活の中でも、死に至らしめたいのちへの責任を負い続ける女性たち・・・・。「家族である死者に対しての義務」という視点から見るなら、中絶体験者の痛みがもう一歩深く理解できるのかも知れません。

 以前にも紹介した研ナオコさんの「弥生」は、そうした女性たちの現実を描いている歌です。歌詞は以下の通りです。(中絶体験者の方には辛すぎるかもしれませんので、自己責任でお読みください)

http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND76868/index.html

死者に対しての責任とは何か?」
家族を死に至らしめた者はそうした責任を果たしうるのか?」

 これはとても重いテーマでありましょう。しかし、それを問いかけるテレビドラマが「家政婦のミタ」でしょうし、それが問いかけられ続けるのが、人工妊娠中絶の体験者なのかも知れません。 

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