命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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昭和歌謡曲バンザイ(6)
 このシリーズも、最終回。一位は沢田研二さんの「勝手にしやがれ」。私はこの曲自体が純粋に歴代レコ大受賞曲の一位と評価されたのだとは思いません。ジュリーらしい音楽や彼のらしいダンディズムを伝える歌詞は優れてはいても、第一位は厳しいでしょう。むしろ、作品より沢田健二という存在自体が、レコ大の象徴なのでしょう。レコ大が最も、盛り上がり、権威のあった頃、非演歌派としては、沢田健二は常連でした。

 ローリングストーンズのファンには起こられるでしょうが、私は沢田健二は、「日本向け大衆版ミックジャガー」だと考えています。ロックのかっこよさ歌謡曲の大衆性といかがわしさ、さらに沢田の持つセクシーさが一体となり、これぞ昭和歌謡であります。

 学校の音楽の先生などからは、沢田健二は音域が狭いとよく批判されたものです。それは事実だとしても、こうした批判自体が的外れであります。なぜなら作曲家がその音域に合わせて作曲してでも、歌わせたい価値が彼にはあるのです。音域の狭さを遥かに超えた、表現者なのです。

 おかしな喩えでしょうが、世界10ヶ国語を話して、外国に作品を売ろうとする陶芸家と、世界中から、日本語をマスターした上で弟子入りしたがる外国人が後を断たない、日本語しか絶対に話さない陶芸家とどっちが偉大か?考えれば分かるでしょう。

 大衆芸能の世界では、4オクターブ出て売れない日本版マライア・キャリーより、一オクターブ少しで、売れまくる歌謡曲の歌手の方が、偉いのです。儲かるのです。

 沢田健二という歌手は本格的なロック歌手ではないし、かと言って、歌謡曲の大御所というタイプでもないので、歴史的には過小評価されているようで残念でなりません。ロックの大衆化としての歌謡曲というスタイルは、洋楽の大衆化である歌謡曲の本流の一つに違いありません。というわけでおじさんは、昭和歌謡を代表するのは、美空ひばりさんと沢田研二さんの二人だとつくづく思うのです。
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