命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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「ラブ注入なき、マニュアル注入」(2)
 「ラブ注入なき、マニュアル注入」で育てられたクリスチャンホーム育ちの学生や青年たちからは、時々、怒りや涙の訴えをお聞きすることがあります。あるいは逆に「ラブ注入なき、マニュアル注入」を子どもにしてしまったことに気がつき、愕然としたり、真実な悔い改めをされるクリスチャンの親からの声も何度かお聞きしてきました。

 親は信仰継承を使命と考え、子どもにクリスチャンになって欲しいと考えます。そこで、伝達することが、「福音」ではなく「行動様式」、「神を愛すること」でなく「マニュアル」になってしまいます。つまり、「福音という本質」でなく、「その本質を表現する形式」を「動機としての愛」ではなく、「その動機が生み出す結果」のみを伝達してしまうわけです。

 これが続くと、様々なマイナスが子どもに生ずると思われます。今日は一つだけ記しましょう。

 それは、「条件付きの愛」の伝達ということ。 「礼拝、聖書、お祈り、奉仕、献金」などのマニュアルを果たせば「神様に喜ばれるよい子」というコンセプトは、子どもの神観も親子関係も歪めかねないでしょう。

 それは、「そうでないと神様に喜ばれない子ども」となり、「神様はよい子だけを愛する」というメッセージに置き換わることも。また、それは親子関係にも影響し「親も自分をいい子でなければ愛してくれない」とのメッセージを子どもは受け止めかねません。つまり、神の愛も、親の愛も「条件付の愛」だと子ども達は受け取るのです。

 もちろん神様と異なり親の愛が常に完璧に「無条件の愛」というわけにはいかないのが現実。しかし、不十分であっても、「親はあるがままの自分を愛していくれている」という実感がある時、子どもはそれに勝る神様の愛を想像しうるはず。大切なことは、子どもにとって「親の愛も条件付なのだ」というメッセージになる発信し続けないことでしょう。

 こうした例は、とりわけ熱心で厳しいクリスチャンの親に育てられた子どもたちから、お聞きします。親としては、神と子どもを愛するが故にそのマニュアルを教え守ることを要求します。律法は養育係ですから、それ自体が間違いではないでしょう。むしろよいことでしょう。

 しかし、神様からの愛、親からの「無条件の愛」があって、その応答の一形態としてのマニュアル遵守、五点セットの実行なのです。子どもは自分が親から無条件の愛で愛されているという実感に深い安心を得ます。そして、親のそうした愛を実感した子どもは、親の愛を通じて神様の無条件の愛を想像し、現実感を持って受け止めていくのでしょう。そして、その愛に応答していくのです。

 しかし、先に親からの無条件の愛を子どもが実感していなければどうなるでしょう?親の要求どおり、マニュアルを守ると喜ぶ親、そうでないと悲しんだり怒ったり親。それは、子どもに「親の要求したマニュアルを守らないと愛さない」とのメッセージとして伝わるでしょう。良くも悪しくも、子どもは親の姿を通して、神理解をするもの。当然、神様の愛も「条件付の愛」となります。

 こうした場合、将来、信仰をもったとしても、神様の愛を実感できないクリスチャン、あるがままで愛されると到底思えないクリスチャンになりやすいのでは?と心配します。あるいは、親に喜ばれること、または親を悲しませないことを動機とした神の愛を二の次とした信仰生活になることも。こうした生育歴、信仰歴の中で苦悩しているクリスチャン学生や青年は少なくないようにお見受けします。

 「ラブ注入あってのマニュアル注入

 私自身も一クリスチャンの親として、自らを問われます。
| ヤンキー牧師 | キリスト教界(論説シリーズ) | 21:05 | - | - | - | - |
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