命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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親子心中から考える小さないのちの尊厳(2)
 親子心中をアメリカ人はクレイジーと評価すると教えていただいた方によれば、日本人が母子心中に至るようなケースにおいて、アメリカ人なら、自分ひとりが死ぬか、子ども一人を殺すのだそうです。つまり、決して子どもを道連れにはしないのです。ここに他者感覚の強さ、子どもを個人として尊重する文化の根強さを思います。

 オウム真理教による坂本弁護士一家殺害事件の現場では、坂本弁護士の妻は、子どもだけは殺さぬよう懇願したと伝えられています。自分は死しても、子のいのちを守りたいと願うのは、時代、宗教、文化を超えて、愛情深い親が持つ共通の思いでしょう。しかし、自分が追い詰められた状況では、親子心中に走ってしまう日本の母たち。その根源にあるのは、やはり他者感覚の欠如だと思うのです。

 ここでちょっと考えてみたいのです。読者の皆さんはどちらをひどい母親だと思いますか?

 子どものみを殺害した母親
 母子心中を図った母親

 私自身は、,諒貎討紡个靴討怒りを覚えますし、勝手に「鬼」であるかのような印象を持ってしまいます。△諒貎討砲呂覆爾、同情心を持ってしまい。不思議と非難する気持ちが起こりません。これは極めて日本的で心情的、主観的な判断でしょう。

 私は反省を持って、「そういう印象を持つのは仕方ないかもしれないが、その印象を基準に善悪の判断をしてはいけない」と考えています。つまり△諒が同情の余地があるから悪くないと安易に判断できないだろうということです。

 客観的に見るとどうでしょう?,両豺腓蓮⊆困錣譴燭い里舛蓮一人です。しかし、△両豺腓蓮⊆困錣譴燭い里舛二人です。奪われたいのちの数で罪の重さを計ることが必ずしも正しいわけではないでしょう。しかし、日本は「一人殺しても無期懲役まで、二人殺せば死刑もありうる」との相場を持つ社会です。

 神様の視点から見れば、一人子を与えたほどかけがえのないいのちが、,任楼貎諭↓△任脇鷽傭イ錣譴討い襪錣韻任后そう考えますと、人間側の同情心や主観的感覚によって、,諒が△茲蠅盧畤爾と判断することは、必ずしも正しいとは言えないでしょう。少なくとも、キリスト者は自分に信仰があるからといって、自分の主観的な印象や感覚で善悪を判断してはならないでしょう。むしろ、客観的事実をよく観察し、神の視点から判断すべきでしょう。

 「わが子を手にかける母親母子心中を図る母親、どちらがより残酷か?より罪深いか?」

 この問いは私たちの奥深くに潜むものを探り出す問い掛けではないでしょうか?
| ヤンキー牧師 | 生命の尊厳・生命倫理・医療倫理 | 21:41 | - | - | - | - |
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