命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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「自称牧師」問題を考える(1)〜「オピニオン」からの提案

 クリスチャン新聞最新号(4月22日号)の第三面「オピニオン」に注目したいです。タイトルは「牧師免職後の処遇に関する提案」。執筆者は、本ブログでも度々そのブログ記事を紹介してきた大杉至牧師であります。

 テーマは一団体で免職された牧師が、「牧師」を自称して活動を継続するという問題。そもそもこうしたデリケートな問題に、クリスチャン新聞の「オピニオン」において公に提案する勇気と使命感自体が、アッパレであります。私自身も何年間か「オピニオン」のレギュラー執筆者をさせていただいた経験があり、執筆のプレッシャーは理解できるだけに、このテーマを扱ったことには脱帽です。

  ここで、お断りしておきますが、これは、あくまで所属団体を免職、除名をされた「自称牧師」の問題であります。どのような経緯であれ、団体を辞して、牧師として活動を継続しておられる通常の牧師である方々には、該当する問題ではありません。読者の方も、問題視しているのは、極めて稀なケースにおける牧師であることをご理解の上、お読みいただければ幸いです。

 信徒の方には、意外と思われるかもしれませんが、私の知る限り、牧師が免職、除名、按手礼剥奪になることは、極めて稀なことです。たとえば、異性問題や金銭問題を一回起こしたような場合は、停職や自主退職扱いになることが多いように観察しております。免職になるのは、著しい教理的逸脱や、犯罪行為に相当するような問題、あるいはそれらに対しての悔い改めを拒否し続けるようなケースでしょう。

 ですから、免職というのは、かなり深刻な問題があったことを通常は意味します。そこで、大杉師は、そうした人物が自称牧師として活動継続をすることはあってはならないと主張します。所属団体に任命・管理責任があるという大前提があるからでしょう。しかし、現実には、「除名したのだから、団体に責任はない」「団体外の活動に介入する権利はない」という観点から、結果的に放置、容認してしまう場合があるのも現実。

 この教会論、教職論の視点から、現実的対処が難しいとされる課題に大杉師は、ある視点から切り込みます。それが、牧師職の一般社会にも通用する「普遍性」であります。それ故に免職事実の公表の公益性、公然性を主張。このあたりのことを記事にすると営業妨害になりそうなので、是非とも、クリスチャン新聞を購読して下さい。

 こうした論拠の上に、大杉師は、タイトルでもある「牧師免職後の処遇に関する提案」をされます。それは免職対象となった人物を退団させないことです。このオピニオンの素晴らしいところは、不祥事牧師を団体から切り離すことに潜む組織の自己保身傾向に、自称牧師問題のがあるのでは?と主張している点でありましょう。

 こうした「不祥事牧師は団体に留めて、交わりの中で悔改めに導くべき」との意見は、40、50代の牧師からは、私も、しばしば御聞きしてきたことです。管理・任命責任というものは、不祥事の後にも継続すると私も考えます。「責任が取れないから免職、それ以降責任なし」というのは、責任論として本末転倒かと思うのです。いわゆる「トカゲの尻尾切り」とのそしりを受けかねません。

 具体的には、免職となった牧師は信徒として保護司役の牧師に見守られ、矯正の道を歩むというシステム、実行を提案しておられます。また、そうした可能性を示唆してくださっています。

 もちろん、既にこうしたシステムを持つ団体もあります。それが、一定機能しているケースも存じ上げております。また、こうした実践を提案しても、免職された人物が、拒否をして、近隣で単立教会をスタートする例もあります。この記事を読んでも「実際は、そんなうまく機能しないよ」というご苦労をされた牧師方からの反論もあるでしょう。

 ただ、多くの事例を知る大杉師はそうしたことは全部折り込み済みで、こうした提案をなさっているのは、間違いありません。ここ十年程で、「牧師性善説」が崩壊し、各団体は、牧師不祥事の可能性を前提として、規則改正などを為さっているように観察します。しかし、私の知る限りでは、今でも、団体としての任命管理責任という観念に欠ける団体、責任は各個教会にあるとして、団体の責任が不明瞭となっているような団体、除名が当然と考えて団体に留めて矯正という発想を持ち得ないでいる団体、正論とは思いつつも、団体残留による矯正を最初から「無理」と諦めている団体もまだまだあるようにお見受けします。どうしても、残念な事例が起こってから、必要に迫られるというケースも多いのでしょう。そういうわけで、失礼ながら、こうした発信による啓発を必要としている群れもまだまだあるように思うのです。

 たった一人の「自称牧師」が、キリスト教会全体の信用を傷つけかねないケースもあるだけに、今回の提案が活かされることを願っております。こうした提案が「実現不可能な理想論」「きれいごとの正論」と、あっさりスルーされるとしたら、それこそが、自称牧師問題の温床でありましょう。当事者感、責任感のある方は、是非とも、クリスチャン新聞最新号の購読を!

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