命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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「自称牧師」問題を考える(2)〜現在進行形の事例
 昨日、紹介しました「オピニオン」の主張のように、免職牧師が、除名にならず、団体に留まり、指導を受けて、悔改めと回復に向かうことが理想的ですが、当の免職牧師がそれを拒否して、なかなか、そうはならないのが現実。

 実は最近も、「自称牧師」によって、地域の教会が不利益を被っているという事例があります。いわば、「現在進行形の事例」。それは、本ブログで扱ってきた宮平勉氏の件。この件はクリスチャン新聞も地域の牧師司祭会からの声明、所属団体からの謝罪文、それを受け入れいる旨の牧師司祭会からの声明などを掲載してきました。

 団体を除名になったとの記事はこちら。
 http://blog.chiisana.org/?eid=1407997

 そして、最近のこと、除名になった同牧師が、窃盗容疑で伊東署に逮捕されました。これで、一昨年の9月、昨年の6月に続いて三度目の窃盗容疑での逮捕であります。今回がこれまでと異なるのは、同牧師が、一教団所属の牧師ではなくなっていることです。

 地域では、大手の新聞より購読数が多い「伊豆新聞」はこの件を報じました。記事中のタイトルは「スーパーで万引きした疑い、を逮捕」となっております。「牧師を逮捕」ではないのです。記事中の文言も「伊東署は・・・・自称牧師宮平勉容疑者(62)を現行犯逮捕した」となっております。宮平氏のことを「自称牧師」と記すのと「牧師」と記すのとでは、読者に与える印象も地域社会が下す評価も大きく異なることでしょう。

 実際のかつての所属団体からの除名通知書には、「按手礼によって授けられた牧師の資格を喪失し・・・・」と記されているそうです。ですから、普遍的な意味でも牧師の資格を有していないので、「自称牧師」との表現は正しいでしょう。

 こうした場合の「自称牧師」との文言、教会外の地域社会の方々が守られ、地域の諸教会の信頼を損なわない表現と言えるでしょう。地域社会と地域教会に公益をもたらす表現かと思います。では、重大な罪を犯し、悔改めず、団体を除名された牧師に「自称牧師」とのレッテルを貼り、それが一般社会でも報じられることが、一概によいのか?と言えば、議論の余地は残るでしょう。

 極めて稀なケースとは言え、現実にこうした牧師が存在し、その言動とそれに伴う風評によって、地域住民と教会が長年にわたり不利益を受けていたわけです。そして、団体から除名された後にも、窃盗容疑で三度目の逮捕であります。この事例、「自称牧師の問題」と「自称牧師」との文言を考える題材としたいと願います。
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