命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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満たされない高学歴妻と夫の責任

 昨日は久しぶりに「さんまのホンマでっか?TV」を視聴。相変わらず人間理解の勉強となりました。最も驚いたのは、高学歴の母親がママ友に対してのイジメをするケースが多いとの見解。「ママ友評論家」とかいう不思議な肩書きのコメンテーターによれば、こういう論理のようです。

 々盂慘鬚僚性が高学歴の男性と結婚
 △靴し、結婚後の生活が満たされていないと感じている
 Kたされない思いを夫に伝えても聴いてもらえない
 ぜ分の優位性ママ友イジメによって示すという行為に至る

 高学歴の女性には、結婚までは、常に他の女性に対しての優越感を意識のどこかにもっていることが多いのでしょう。しかし、勉強・お仕事の世界と結婚の世界は違います。自分ひとりの努力では、結婚は向上しません。自分だけでなく、相手の努力も必要。勉強・お仕事とは違った相手とのコミュニケーション能力、信頼関係構築力などが問われます。

 こうしてこれまでの「勉強・お仕事」とは違う競技種目をしており、これまでとは異なる努力や意識が必要であると認めて、自分を変えなければ、結婚生活の質は向上しません。とりわけ、専業主婦ともなれば、これまでのように社会で評価を受けず、金銭による報酬もありません。かくして真面目で努力家の妻の結婚生活は不満へ。

 しかし、女性の多くはここで、夫と心が通じ合い、夫の愛を実感できれば、不満はかなり解消されるもの。それどころか、それさえあれば、結婚生活が満ち足りてしまうことも。ここが男性一般とは大きく異なるのであります。

 男性はパフォーマンス志向、女性はコミュニケーション志向。アダムが農夫であったように、男性は仕事を成し遂げることが喜び。しかし、エバが交わりの相手であったように、女性は心通じ合う交わりが喜び。ですから、女性は社会において達成感がなくても、夫との心通じ合う会話によって夫の愛を実感できればかなりの満足。

 しかし、結婚当初の夫はそうした女性の本質が理解できません。高学歴・高収入・長時間労働の男性が、妻の話を傾聴し、思いをしっかり受け止められるか?と言えば、なかなかそうはいきません。少なくとも妻が満ち足りた思いをするまで、実行可能な男性、あるいは聞き上手な男性は少ないことでしょう。

 かくして、結婚生活のどこでも満たされぬ一部の高学歴妻は、自己の優位性を示すため、ママ友イジメに走るのでしょう。ある母親は子どもの名門学校に行かせる、スポーツで活躍させるなど、子どもを通じて、自己の優位性を示そうとします。さらに別の母親は、夫の出世で優位性を示すわけです。時には、夫の以外の男性からの愛を得ることで自己価値確認をしてしまう場合も。

 ママ友イジメ、子どもを通じての自己実現、その結果としての子どもの歪み、不倫・・・。そうした既婚者女性の問題は、真面目で努力家である高学歴女性も例外ではないでしょう。いいえ、むしろ、そうしたあり方しかできない幅の狭さ自分を変える必要を認めないことが、逸脱や問題につながりかねないのでしょう。高学歴の女性には、とことん「結婚」は「勉強・お仕事」とは異なる種目であり、従来の個人的努力の方法やあり方では通用しない世界であることを知っていただきたいもの。結婚という新種目の自覚、ここが一つ目の分岐点。

 同時に、妻の逸脱行為を防ぎうるのは夫の度量や愛であります。論理や内容を欠き、感情の羅列としか思えぬ妻の話を、問題解決目的でなく、心を通じ合わせる目的でしっかり傾聴することでしょう。気持ちを受け止めてもらえたと実感できれば、多くの女性は満ち足りて、頑張っていけるようです。夫婦の会話!多分、ここが二つ目の分岐点なのでしょう。男性には結婚1,2年以内に、このことに気がついて実行していただきたいもの。3年を過ぎると夫婦関係が硬直してしまい変えがたいものですから。

 残念ながら、教会に集う高学歴の女性にも、時々、同様の傾向を見ることがあります。それが、当人の人格的ひずみ、向き合わぬ夫婦関係子どもの心理的、信仰的歪み、教会内の女性同士の人間関係トラブルなどにつながってしまうように観察しています。問題の本質はクリスチャンであるかなしかに無関係なのでしょう。

 本ブログで繰り返し訴えておりますように、「学力」の国際的定義は「市民社会に参加する力」です。「お勉強ができること」「点数がとれること」が「学力」ではないのです。むしろ、学力の本質の一つは人間関係の構築力、コミュニケーション力でありましょう。そして、それが市民社会への参加だけでなく充実した結婚生活にも結びつくもの。

 逆に言えば、高学歴であることは仮想優越感当人と周囲に与えかねません。つまり、高学歴であっても高学力とは限らないという事実があるからです。日本の社会では、高い学歴はその人の人格的欠点を隠します。その人のある分野における欠落を見えなくします。その結果、高学歴クリスチャンの結婚破綻や結婚後の逸脱行為を、当人も周囲も予想できずに、いざ、ことが起こると衝撃を受けてしまうという事例も。

 真面目で忠実な高学歴クリスチャンカップルですと、指導者や周囲も、課題を指摘しづらいもの。実際に愛をもって指摘しても、硬直したあり方以外に想像もできず、理解してもらえなかったり、逆切れされことも。その結果、放置されてしまうと、結婚関係は悪くなりがちで、最終的には、ひきこもり、情緒不安など子どもが犠牲者にもなりかねません。

 真面目で努力家で信仰的にも忠実な高学歴の女性の結婚生活、その落とし穴を教えられた気がしました。ポイントは妻の意識改革と夫の会話努力。そうした事例の理解、対処の一助としてこの記事が用いられたら感謝です。 

  

| ヤンキー牧師 | 夫婦相互の課題と成長 | 15:01 | - | - | - | - |
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