命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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30代性体験なし!(4)
日本に起こっている性の二分化、20代までに性体験を重ねていくスタイルと、こだわりをもって30代まで性体験なしで過ごすスタイル。こうした二分化の背後にあるのは、多分、従来どおり無責任なマスコミの性情報にあおられて主体性なき性行動をとる多数派と、それに対してのアンチテーゼとしての少数派なのかもしれない。

 もちろん、性に対して関心が薄く、異性に対して消極的なオタク(男女とも)と言われる層の増加は否めません。ただ、それがすべてではなく、性体験を重ねながらも幸せな性を歩んでいないのを見ながら「それは違うのではないか?」と直感したり、「本当の幸福な性ではない」と理性的判断をしている層もいるのではないかと推測しています。

 今日は私が最も尊敬する30代性体験なし男性をご紹介しましょう。彼はクリスチャンで教会学校の教師。私が奉仕させていただいたある中高生キャンプでのこと。彼は中高生の前で自分が性的葛藤を経ながらも、性的なきよさを守ってきたことを証し。その真実な姿勢や神様と中高生に対してのほとばしるような愛にひたすら感銘。

 実は彼は中学校の教師でもあります。性的好奇心いっぱいの中学生からは「先生エッチしたことある?」と訪ねられることもしばしば。彼は誇りをもって「ないよ」と答える。「生徒は30過ぎて童貞なんやてー」とからかわれる事もあるとか。性のライフスタイルを通じて彼は学校現場で信仰を証ししているのです。

 女の子をとっかえひっかえの横着な生徒がスクールカウンセラーにこうもらしたとか「○○先生は、生涯一人の女の人としかエッチせんのやて。それってカッコイイし、それが本当だと思う。」

 聖書は言います。「神がわたしたちを召されたのは、汚れを行わせるためではなく、聖潔を得させるためなのです。」(汽謄毅粥В掘

 
| ヤンキー牧師 | 「結婚まで待つこと」について | 08:41 | comments(8) | trackbacks(0) | - | - |
パライソさん!最高の資料をご紹介ありがとうございます。お互いが職場や学校、家庭や社会で小さなカカーでありたいです。「聖霊の品格」聖書的で今風の表現がツボにはまっています。
| ヤンキー牧師 | 2007/06/09 1:48 PM |
先生!こんな記事が!

>ブラジル人サッカー選手のKakaは、「今どき、結婚するまで処女の女なんていない」発言の
ジゼル・ブンチェンに反論。自分と妻のキャロラインは結婚まで貞操を守ったと語った。

イタリア版「Vanity Fair」のインタビューに対し、ACミランのヒーローで福音主義キリスト教徒
のKakaは、「聖書は真の愛は結婚まで待てと教えている。もし、我々の今日の生活が美しい
ものであるならば、私はそれは自分たちが待ったからだと考えている」と語った。

カカーのこのコメントは以下の記事に対するものだそうです。

>・ブラジルのスーパーモデル、ジゼル・ブンチェンさんは5日、ローマ法王の訪問以来国内で
 巻き起こっている避妊や性のあり方に関する議論について、コンドームの使用に反対する
 教会はばかげているとした上で、女性には中絶を選ぶ権利があると語った。

 先月、法王がブラジルを訪問した際、中絶と避妊に反対する教会の立場を鮮明にしたが、
 以来、国内では性に関する議論が激しさを増している。
 ブラジルの若い女性たちから絶大な支持を集めるブンチェンさんは、地元紙のインタビューで、
 女性は長い間処女であることが当然とされてきたと教会の教えを批判。

 「今は結婚するまで処女を守る人なんて誰もいない。そんな人がいるなら見てみたい」と語った。
 また「子育てする心の準備もお金もないのに、なぜ生まなければならないのか」と疑問を
 投げかける一方、「避妊具を禁じるのはばかげている。避妊具をつけないために伝染する
 病気のことを考えてみるべき」と語った。

カカーの格好良さは、聖霊の品格ですね。
| パライソ | 2007/06/09 12:36 AM |
 確かに現状認識が乏しいように思います。統計が取りにくい分野だからでしょうか?私自身もデータが欲しいです。まだまだ、身近に見える現実から感覚的に問題を見ているところです。しっかりとした現状分析を願います。
| ヤンキー牧師 | 2007/05/30 8:51 AM |
未婚化あるいは晩婚化ということは、キリスト教外の分野ではかなり前から公になって議論されていますよね。
しかし、キリスト教界内でそのような議論が、公の形でなされたことは、あまり聞いた事がありません。
ましてや、論文などのかたちで検証されているものは見た事がありません。

少し文脈がずれるかもしれませんが、過疎農山村における結婚難の問題は、それこそ30年以上前から議論が積み重ねられています。
そうした議論から見えてくるのは、冷静な現状認識にもとづいた厳しい現実です。

キリスト者として希望を語り、望みを持つことはいうまでもありませんが、わたしたちがどのような地平に立っているのかを冷静に認識するための土台があまりに欠けているのではないか、というのが私の認識です。
| chohsuke | 2007/05/30 12:29 AM |
キリスト教界も晩婚化あるいは非婚化が進んでいますね。結婚の祝福が教えられていなくて、愛することのできな本人の未熟さから、クリスチャン両親を観ての失望から、クリスチャン夫婦の離婚を見てなどなど。
 一人を愛し通すチャンレンジができない青年、離婚を恐れて結婚に踏み出せない青年などもよく見かけます。ブログで長期にわたって取り上げたいですね。危機的という意味で超重要イシューでしょう。
| ヤンキー牧師 | 2007/05/29 3:23 PM |
未婚の問題に関して言えば、出会いが少ないということもあるのではないでしょうか。
より具体的に言えば、未婚かつ2・30代のキリスト者異性と出会う機会ないし確立は、教会内でも少ないことが多いですし(青年会が作れない教会も多い)、教会外にあっては言うまでもありません。

また、一旦付き合ったとしても別れてしまい、同じ教会に行きにくくなるという話もよく聞きます。
比較的大きな教会ですと事情が違うのかもしれませんが。

キリスト者の未婚者の増減など、統計的なデータはあるのでしょうか。
もしキリスト者の「未婚化」ということが現象として顕在化しているならば、個人的にはとても重要なイシューであると考えているのですが。
| chohsuke | 2007/05/27 1:57 PM |
 頭では分っていても心の奥底から起こってくる正直な気持ち、多くの姉妹たちから同じことをお聞きします。
 客観的に言えば、クリスチャン男性たちの見る目がなさ過ぎます。「クリスチャン男性に見る目がない」と言えるくらいでいて欲しいです。
 そうした女性たちの葛藤には心痛むばかり。
| ヤンキー牧師 | 2007/05/26 1:35 PM |
前の日記にあったように
自分には価値がない、女性としての魅力がないと、
私も時折そう思ってしまうことがあります。
それは性の未経験の問題というより未婚の問題で
愛する人から生涯を共にしたいと思われる価値が自分にないのではと…
勿論そればかりではないことは頭ではわかっているのですが。
女性は子供を産む年齢のこともあるから焦りも大きいように思います。
それでも主にある最善を信じていきたいですね。
独身の祝福もあるのですから…。
| くり | 2007/05/26 9:59 AM |









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