命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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遂にキター!ツチノコ婚レポート
 先日の業務連絡に応答して下さり、この度、ツチノコ婚をなさったhatoko さんより、結婚に際してのお証し(新郎の側からのもの)をお送りいただきました。ツチノコ男生態研究上、極めて貴重な事例、資料として、以下に読者の皆様に公開させていただきます。

 導きの証 Toshi

幼い頃
私は1982年6月8日、○○家の次男として生まれました。本人はまったく覚えていないのですが、足癖が悪く、歩きながら看板や石など、いろんなものを蹴りながら歩いていたそうです。じっとしていられない性分だったようです。教会へ行き始めたのもいつからなのかは覚えていませんが、母が教会へ行っていたので2つ上の兄と一緒に母に連れられて教会へ行っていたようです。

小学〜中学〜高校時代
 小学生時代は、相変わらずじっとしておらず、気づけばなにかをしでかすような子供でした。学校の先生から家に電話が来ることはしょっちゅうで、良くないこともたくさんしていました。後から知ったことですが、僕のいじめのせいで学校に来ることができなくなってしまった人もいました。

 中学にはいるとさらに拍車がかかり、僕の行いはますます悪くなっていきました。生活態度も顔つきも悪くなり、周りの友人たちとたばこを吸ったりピアスを開けたり、万引きを繰り返していました。警察に捕まらなかったのが不思議なくらいです。当時は教会にいくのも嫌で、だけど行かないと面倒なことになると思い、いやいやながら教会に行っていました。

 教会に行っても礼拝前の学びの時間は寝て、礼拝中も寝て、昼食のために起き、午後のプログラムもほとんど寝ているという状態でした。部活はサッカー部に入っており、日曜の部活のすべてには参加できませんでしたが、顧問の先生が理解のある先生で少しでも参加できるようにと日曜の開始時間を早めてくれたりもしていました。しかし、試合になるとそういうわけにもいかないので、午前中は教会へ行き、(寝て、)午後に試合会場に向かう、という形で参加していました。

 そんな信仰のかけらも持っていないような僕でしたが、聖書の学びをしないか、と声をかけられ、いつの間にか聖書の学びの時間に出席するようになりました。最後に「洗礼を受けませんか?」という問いに、神様がいないとは全く思っていなかったし、断る理由が見つからず、中学3年生の時に洗礼を受けました。今でもその当時に書いた証を読むと情けなくなります。その証はたった数行。なんの中身もないものでした。
 
 その後、中学を卒業し、地元の高校へ通いだし、その高校は一応進学校だったため、比較的真面目な生徒が多く、そのような人たちとの関わりや、部活に打ち込むことで次第に顔も心も和らいでいったように思います。中学のころは普通の顔をしていても「怒ってるの?」と聞かれることもしばしばありましたが、高校を卒業することにはそんなことはなくなり、むしろいい笑顔をするというようなことも言われたりするようになりました。しかし、日曜に部活に行けないことへの不満と、次々と起こる宗教団体の事件から、教会は好きにはなれず、日曜に教会へ行っても、寝てばかりいました。

浪人、信仰の転機
 高校時代は、卒業後は大学に通うために家を出て一人暮らしをし、教会に通うのもやめる。そう考えていました。しかし、受けた大学はすべて落ちてしまい、浪人ということになりました。しかし、そのことがその後の生き方に大きな影響を与えました。ある時いつものように教会にいったとき、今日は寝ずにいてみようか、そう思った時がありました。

 その時の説教の詳しい内容は覚えていませんが、「神に冷たくされた時」という言葉を覚えています。それはまさしく今の自分のことなのではないか、なぜ神に冷たくされているのかということを考えさせられた時でした。自分の適当さ、神様を神様として認めず、好き勝手な生き方をしていること、それが今のこの原因なのではないか、そう思いました。それからその後は礼拝で寝ることもほとんどなくなり、何かと絡んでくる少し年上のクリスチャンの男性がいたり、生まれたばかりの子供を僕に預けて任せてくれる人たちがいたり、何より祈られていたということが僕が変わり始めることができた原因だったように思います。

 結婚についてもしたいという思いがあったので、どんな人と結婚したいかを考えたりもしました。条件は、かわいくて、料理が上手で、どちらかと言えばアウトドア派で、やさしく、女性らしい人で、など、そのことを祈りもせず、表面的なことばかりをただ願っていました。

大学入学 出会い
 一年の浪人後、結局第一志望のところにも第二志望のところにも合格できず、唯一合格した○○大学へ入学しました。また、入学すると同時に家を離れ、一人暮らしをするようになりました。教会へは行きたいと思っていたので、○○教会を紹介してもらい、そこに通うようになりました。そこで鳩子と出会いました。初めて会った時のことは覚えていませんが、髪が短くて、よくしゃべる人、苦手、という印象は持っていました。

交わりの中での信仰の成長
 大学へ入る前までは本当に神様を信じているのかどうかさえあやふやだった信仰も、教会や大学の聖書研究会、また、学生伝道団体の集まりなどの聖書の学びとクリスチャンとの交わりの機会の中で、ただ一人の神様を信じる確かな信仰と変えられ、成長させられてきたように思います。そうして自分の神様に対する信仰が養われていくと同時に、結婚の相手に求める条件も変わっていきました。本当に結婚したいと願う人に求める一番のことは「神様に対する信仰」になっていきました。神様によって尊敬できる信仰を与えられている人、私はそのような女性と結婚したいと願い、祈るようになっていきました。

祈りと成長
 そんな中、私はある一人の女性との結婚を願い、交際を始めることについて祈っていました。神様が導いてくださるならば、結婚を前提としてお付き合いをしたいと願い、約2年くらい祈っていました。そしてある時、その気持ちをその人に伝えましたが、その人は別に祈っている人がいて、私とのことを祈ることは難しい、という返事をもらいました。正直落ち込みましたが、祈ってきたことであるし、このこたえが神様のこたえであるならば、私はそれに従いたい、と不思議と受け入れることができました。そして、このことを通して、祈ること、神様に信頼し、忍耐して待つことを学ぶことができたと思います。神様が私の成長のために備えてくださった機会なのだと知ることができました。

結婚を願い求め続ける
 その後も将来の結婚する相手を求めて続けて祈っていました。そして、神様によって尊敬できる信仰を与えられている人、ということを考えたとき、一人の女性のことが思い浮かびました。それが、hatokoでした。同じ教会にいて歳も近いということもあったかもしれませんが、彼女が本当に神様に愛され、彼女も本当に神様を愛しているのだということが彼女との交わりの中で思わされていたことでした。出会ってから2、3年の間は、あまり好きになれないタイプの人であり、ぶつかることも多々ありましたが、その本音でぶつかってきたことで、鳩子は本当に素敵な女性なのだと知ることができました。人に対する接し方、特に子供たちに対し、自分も子供と同じようにして接する姿を見て、彼女の神様と人とに仕えるすばらしい信仰を知り、私の祈りもhotokoとの結婚を願った祈りへと変えられていきました。

お付き合いを始めるまで
 それからお互いに教会のことやキャンプのことなど、いろいろなことを話すようになり、良い関係を築けてきたと思っていたころ、私たちの間には、良くないことが入り込み、故意にではなかったにしろ、二人だけで食事をするという誠実でない関わり方をしてしまったことありました。しかし、それは良くないと気づくことができ、当時の副牧師と3人で現状のことを話す機会を持ち、神様の前に悔い改め、それぞれで祈る中で結婚のことを考えてお付き合いを始めるかどうかを祈り始めることにしました。その後お互いに祈りとみことばの中でお付き合いを始めてよいのだ、という確信が与えられ、お付き合いを始めることにしました。

聖書のみことばによる確信
 そうして1年ほどたって、鳩子が先に神様から結婚の確信を与えられました。私はその時はまだ神様によって確信が与えられてはいませんでしたが、その時自分の伝えるべきことを示されたので、そのことを伝え、鳩子が神様に語られたということを聞いていました。しかし、その後も続けて祈り、聖書から訊き、また、本を読んでいく中で、1週間ほどたった時、創世記のみことばが語られました。神様が最初の人アダムを作ってエデンの園に置いたときにアダムに語られたことですが、創世記2章18節「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」という神様の言葉でした。この箇所を読んだとき、神様が自分にふさわしい助け手として鳩子を造ったこと、hatokoにふさわしく私を造られたのだと確信しました。

 神様がhatokoさんに素晴らしい信仰を与えて下さったこと、物事をはっきり言う人、人を愛する人に成長させて下ったこと、それらのことや今自分に与えられている思いを考えたとき、このみことばによって神様から鳩子さんが結婚する相手として与えられたのだ、という確信になり、婚約することへと導かれました。これまで、神様が導いてくださり、私を変え続け、また、鳩子さんのことも変え続け、そして今も成長させてくださっていることに心から感謝します。

 以上です。まさにツチノコ男は幼少期から育てられるものだと教えられますね。そして、恋愛対象とならないどころか苦手に思い、ぶつかり合うような相手が、神様の導きと言うこともあるのですね。(実はヤンキー牧師夫妻もそうです)。誠実な悔い改め、神様を中心としての交際、御言葉による確信など、青年クリスチャンたちに見習ってもらいたいと願うことばかり。

 以下には新婦から以前に、いただいた本ブログへのコメントを紹介。

お久しぶりです。(日記はチェックしてましたが)
ご報告が遅れましたが、去る9月にツチノコ婚をしました。本当に素敵な楽しい一日でした。神様と教会の前に誓いをし、2ヶ月が過ぎました。結婚したら自然に夫婦になるのではなくて、愛と努力によって夫婦になっていくんだということを学び始めているところです。

 結婚式には「第一話」に取り上げられているふたりも来てくれましたよ。
ふたりとも友だちです。彼は確かに脱皮をしてここ数年でぐ〜んと成長しています。彼女も本当に素敵な女性です。

 私も彼女と同じように祈って待ってました。
「この人じゃないか?いや、絶対にこの人のはず。」
とお付き合いを始める1年ぐらい前に漠然と、でも確信をもって思うようになり「この人なんだから、彼がこっちを向くまで何年でも待つぞ。ま、あと数年待てば気付くだろう。」
な〜んて思っていたら、あっと言う間に結婚に導かれました。私が本気で彼の名前を挙げて祈り始めた数ヶ月後、彼の方も私の名前を挙げて結婚のみこころを求める祈りを始めたとか。

まさに神業☆
 ツチノコは歩いてこないけれど、決して何もせずじっと待つわけではなく、大胆かつ積極的な祈り、そして神様に従って今を聖日に生きるときにツチノコとの結婚にふさわしい女性として自分も整えられその日を迎えるのだと思います。

 以上です。まさに神業ですね。結婚を願うクリスチャン女性にとっては、ツチノコハンターの模範、最高の証しだと思います。
| ヤンキー牧師 | 「ツチノコ男」&「いい男」シリーズ | 09:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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