命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
「富める者の貧しさ」としての「自己都合の命への優先」

 先週土曜日は、カトリック信徒である本会会員の仲介で、某カトリック教会の主任司祭とお会いして、働きの紹介や協力要請などをさせていただきました。他国籍の教会でもあり、教会員数は、何と一万五千人なのだとか。プロテスタントなら日本のメガチャーチですね。多分、礼拝出席人数は、その何分の一かでありましょう。(きっとカトリックには別帖会員制度がないのでしょう)。

 礼拝堂の前で、会員の方と待ち合わせ。著名教会なのですが、訪ねるのは初めて。聖餐中心の礼拝観を具現化するかのような会堂の荘厳さや現代的美しさは息を飲むほどでした。

 ちょうど、主任司祭もおられ、予定より早くお話しをさせていただけました。本当に自然体で穏やかな人柄で安心してお話しができました。発せられる言葉はどれも極めてシンプルで分かり安いので、驚きました。私の心には神父様のこの言葉が残りました。

豊かな国では、自分の都合を命より大切にしてしまいます。」

 ホームレス支援をし、貧しい在日外国人と共に生きておられる背景があるので、説得力が違います。

 アメリカで中絶と言えば、貧しい黒人独身女性を連想しがちですが、実際は、中流以上の白人女性の中絶が多いのです。それに比して貧しい国、特にカトリック国は、ビックリするほど中絶をせず、貧しさを分かち合ったり、親族でいのちを共に育てようとします。

 物質的豊かさそれ自体が悪いとは私は全く思いません。むしろあるレベル以上の貧困は悪であり神の御心ではないと私は考えています。しかし、物質的豊かさが人に本質を見失わせることは、聖書が言葉と実例をもって繰り返し警告しています。そうした本質を失った精神的貧しさこそ、「富める者の貧しさ」でありましょう。

 その最悪は「富める者の貧しさ」としての「自己都合の命への優先」であり、それは人工妊娠中絶という現象なって具現化しているのでしょう。

 こちらのブログ記事も類似点があるように思います。
ブログ「伊那谷牧師の雑考」より「日本教とは
http://zios.seesaa.net/article/189694350.html

 富める日本人は、自己都合を神ご自身や人命より優先することを、場合によって罪や悪と思わぬほど、そのことに心痛めることもないほどに本質を見失っているのかもしれません。


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| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 08:57 | - | - | - | - |
「アメリカ産フレーズ」に学ぶ中絶問題(2)
 昨日に続いて、ニューヨークへの留学経験がある牧師先生にご紹介いただいたサイトより。



 本日取り上げたいのは、芝生上の看板の写真、その下の方のフレーズ。

Everyone who supported slavery was free.
Everyone who supported abortion was born.
That's how oppression works.


 「奴隷制度を支持したのは、誰もが自由人だった。
 中絶を支持したのは、誰もが、世に生を受けた者だった。
 こうして抑圧は為されていく。 」

 自由人は自分たちに都合がよいので黒人奴隷の人権を認ず、奴隷制度を支持。既に生まれてきた者は、自分たちに都合がよいので、まだ生まれていない胎児の人権を認めず、中絶を支持。両者の本質は同様でしょう。強者が自己都合で弱者の人権を認めず、弱者を差別抑圧する制度やシステムを合法化するのです。

 写真からしてアフリカ系アメリカ人クリスチャンによるの投稿と思われます。社会的強者が「都合の悪い人権」である弱者の人権を認めないということの罪性は、以前にも論じました。こちらの記事をご参照下さい。私なりに黒人奴隷の問題を扱い、中絶問題に言及しました。

映画「アメイジング・グレイス」に思う「不都合な人権」としての胎児の人権
http://blog.chiisana.org/?eid=1407675
| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 15:52 | - | - | - | - |
「アメリカ産フレーズ」に学ぶ中絶問題(1)
 先日、ある牧師の方からご入会の申し込みをいただきました。ニューヨークへの留学経験があることがわかったので、現地でのプロライフ運動についての情報をお知らせ願いました。それに関連して教えていただいたのが、このサイト。これはインパクトありますね。



 上の方に掲載されている芝生の上の噴出しの看板。

”God,Send us someone to cure aids,cancer etc. etc.”

"I did,but you aborted them."

「神よ!どうか、エイズやガンなどを治療する誰かをお送り下さい。」
 
送ったのに、あなたたちが中絶したのではないか。」

 
 いるべき人がいない。神が送るはずの人間が存在しない。それは天災ではなく人災

 50年以上前、アメリカに住む貧しい大学院生にいのちを大切に思う心がなければ、スティーブジョブズは生まれてくることなく、今日の情報化社会はなかったでしょう。

 大田区の飲んだくれペンキ職人が家にもっとお金を入れていたら、北野たけしは、生まれてくることなく、優れた笑いも映画も、そして、全宮崎県知事もいなかったことでしょう。

 一人のクリスチャンが離婚を考えている妊婦にいのちの大切さを訴えなかったなら、宮崎哲哉はこの世に存在せず、優れた論客としての社会貢献も、私がテレビ収録中に助けてもらうこともなかったでしょう。

 一人のクリスチャン助産師が、東北の妊婦に中絶を思いとどまらせなければ、三浦哲郎という芥川賞作家は存在せず、劇団四季の演目には、「ユタと不思議な仲間達」はないでしょう。

 逆に考えるなら、私たち日本社会は、何名もの金メダリストやノーベル賞受賞者などを、失っていることでしょう。いいえ、そうした特別な人物だけではありません。私たちが出会い愛し合い、助け合うはずの誰か、自分を励まし慰め、力づけてくれる名もなき、しかし、かけがえのない人々を何とたくさん失っていることでしょう。

 このアメリカ産のフレーズ、中絶の意味と問題点を鋭く表現しているだけでなく、多くのことを私たちに教えてくれるのだと思います。
| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 21:13 | - | - | - | - |
アフリカ系アメリカ人にとって最も危険な場所は子宮?
 ニューヨークに現れた巨大看板、そこに記されていたのは・・・・。

アフリカ系アメリカ人にとって最も危険な場所は子宮

 これはマンハッタンに突如現れたキリスト教主義の中絶反対団体の看板であります。

 震災のため、日本では大きく報道されなかったようですが、アメリカで邦人伝道をされている某牧師が次のような記事を紹介して下さいました。 

http://online.worldmag.com/2011/03/02/too-missional-for-abortion/

 これによれば、ニューヨーカーの中絶率は、国全体の二倍にも及び、特に有色人種に中絶率が高いという残念な事実が報告されています。

こちらが、その広告を出した団体のサイトのようです。
http://www.thatsabortion.com/

 左上の箇所にご注目。画面が変ります。ニューヨークのアフリカ系アメリカ人は、60%が胎内でその人生を終えているようです。そして、東日本大震災との比較も。震災による死者は3月11日以来、18000であるのに対して、3月11日からの家族計画を通じての中絶による死亡者数はそれを上回る「20000強」ですね。

 某牧師には以上の二つをご紹介いただき感謝するばかり。そこで日本語サイトを探してみました。見つかった中から次の二つを紹介いたします。

こちらでは、この看板が論争になっているテレビ番組が観られます。大変興味深いです。
http://zarutoro.livedoor.biz/archives/51624979.html

 でも、アメリカの福音派や中絶反対論者がみんな映画「ジーザズキャンプ」のような書き方は困るなー。こういう報道やめて欲しいなー。日本の福音派や、本会までそう思われると、もっと困るわけです。

こちらは、文字情報ですが、反対論者の主張が記されていて意味があります。
http://www.excite.co.jp/News/product/20110305/Directvanqex_field_news_QVOi8jNOw.html

 「有色人種や女性への差別、人権侵害」というのは、問題の本質を取り替えてしまっているように思うのです。アメリカ批判ではなく、日本同様の課題として悲しみをもって申し上げたいです。

 「有色人種の中絶率が高くなるのはアメリカ社会が積み上げてしまった差別からではないでしょうか?」
 「これだけの女性が中絶するほど、アメリカ社会は男性主義的なのでは?」
 「最高の弱者である胎児の生存権を認めないことこそ、差別、人権侵害と言えるのでは?」

 「この看板が差別的で人権侵害にあたるのではなく、アメリカ社会の差別や人権侵害がこの看板をマンハッタンに掲げさせたのではないでしょうか?反論は原因と結果を取り違えた本末転倒なのでは?」

 こうしたマンハッタンの巨大看板というアピール方法に是非の論争があるのはいいでしょう。しかし、ニューヨークとそこに暮す有色人種の中絶率の高さという事実は、アメリカ社会の課題としてしっかり受け止めるべきだと思うのです。そして、教会とクリスチャンにとっては、向き合うべきさらに本質的な課題に違いありません。そして、そのことは日本社会も全く違いはないはず。

 いつもは、月末には入会のお勧めをするのですが、3月は、震災を考慮して、自粛しておりました。しかし、この看板論争を知り、この記事を書きながら思ったのです。地震津波の被災者のごとく、胎内でいのちを終わる胎児たちのために、やはり、入会のアピールをしようと。同様の惨事が、アメリカ社会でも、日本社会でも、天災ではなく、人災として為されていることに、教会とキリスト者は黙っていてはならないと思うのです。

 もちろん、震災支援に励みましょう。私自身もそうしています。その上で思いがおありなら、こちらより入会申し込みを為さって下さい。
http://www.chiisana.org/postmail/

| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 16:33 | - | - | - | - |
映画「アメイジング・グレイス」に思う「不都合な人権」としての胎児の人権
 クリスチャン新聞最新号でも大きく取り上げられております。3月5日より全国ロードショート。この映画が描くのは、名曲アメイジンググレイスの作詞家、ジョン・ニュートンの牧する教会に導かれ、黒人奴隷貿易廃止に生涯を投じたイギリスの政治家ウィルバーフォースを描いています。

 こちらのサイトが何より参考となるでしょう。
 http://www.amazing-movie.jp/

 また、このブログでも「アメイジング・グレイス」について触れたことがあります。
http://blog.chiisana.org/?day=20070116


 当時、奴隷貿易廃止はイギリスの国益に反するもので、黒人奴隷の人権は白人国家社会には「都合の悪い人権」であったようです。主人公は「神は人間を平等に造られた」との聖書的信念で戦い抜いていったのでしょう。

 長い歴史にわたって奴隷制度を肯定する根拠として聖書が用いられてきました。しかし、同じ聖書が人間の平等と人権の根拠となり実現を果たしてきました。私たち罪人は、「不都合な人権」については、それを認めないために聖書さえ味方につけ根拠にします。まるで、悪魔がイエス様を誘惑するために聖書の言葉を用いたように。

 しかし、「神が与えた平等と人権」という聖書の真理に目が開かれた者はキリスト教会やキリスト教的社会からの迫害さえ恐れず戦い抜いていきました。「かつては盲目であったが、今は見ることができるようになった」との歌詞の通りに。

 それは胎児の人権も同じこと。大人にとって不都合である胎児の人権を認めないためなら、罪人は、女性の権利でも、男の身勝手でもなんでも、総動員で根拠にします。胎児の人権を主張すれば、まるで、女性の敵であり、女性の人権を否定するような非難をうけることもあります。でも、それに屈せず、胎児の人権を尊重し、主張し、発信し、実現していくことが、先に真理に目の開かれたクリスチャンに委ねられた社会的使命の一つでありましょう。


 先日、本ブログでその召天をお伝えしました「沈黙の叫び」で知られるバーナード・ネイサンソン氏などは、「胎児の人権版ジョン・ニュートン」でありましょう。76000件の中絶手術を執刀してきた盲目から、目が開かれたのでしょう。同氏はカトリックのクリスチャンのようです。
http://blog.chiisana.org/?eid=1407672

 日本では菊田医師が、それに相当するでしょう。中絶手術をし続けてきた医師が一転、中絶防止と養子縁組を始めます。その違法性は大きな社会問題となりますが、その事件は国会を動かし、特別養子法を制定させます。まるで、ジョン・ニュートンとウィルバーホースの連携のようです。本会の働きも実際面においては、この法律と恩恵の上に成立していると言っても過言ではないほどです。菊田医師の映像はこちらをご参考に。
http://blog.chiisana.org/?eid=1091749

 さらには、21世紀の日本社会に生きるクリスチャンは、どうでしょう?謙虚に「今も、私たちは不都合な人権に目を閉ざした盲目ではないか?そのために神が心を痛める社会の闇をキリスト教会が放置していないだろうか?」と自問すべきではないでしょうか?

 本ブログの人権関連記事が参考になれば感謝。

「人権関連」
http://blog.chiisana.org/?cid=20544

「ここにも差別?シリーズ」
http://blog.chiisana.org/?cid=24505

「村崎太郎シリーズ」
http://blog.chiisana.org/?cid=24506
| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 14:01 | - | - | - | - |
「沈黙の叫び」の医師、召天のお知らせ

 つき先ほど、某キリスト教団体のスタッフよりメールでご連絡をいただきました。

 中絶防止のために世界的に用いられたビデオ「沈黙の叫び」で知られるバーナード・ネイサンソン氏が2月21日に84歳で召天されたそうです。ガンであったとのこと。同氏は75000件もの中絶手術をした後、中絶反対に方針を変え、中絶防止のためにリーダーとして大きな働きをしてきました。

 本件のニュースはこちらでご覧いただけます。

http://wapo.st/epMZwA

 wikiphediaの翻訳版でも(不十分な和訳ですが)同氏を知ることができます。
http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&langpair=en%7Cja&u=http://en.wikipedia.org/wiki/Bernard_Nathanson

 「沈黙の叫び」は、現在youtubeでも視聴可能です。バーナード・ネイサンソン氏自らが登場し、医学的、科学的、客観的にも胎児は生まれた後の人間と変る事なき社会の一員であることを、提示し、胎児にも、愛と深い同情と正しい敬意を、人類が与えるようチャレンジをしています。

 ただし、刺激の強いリアルな映像も含まれておりますので、ご理解の上、自己責任でご覧下さい。また、若年者の視聴には、保護者の同伴など、ご配慮をされることをお勧めします。

「沈黙の叫び」1/5
http://www.youtube.com/watch?v=tA8dwgC0Svg

「沈黙の叫び」2/5
http://www.youtube.com/watch?v=k5itJdRNEkk&feature=related

「沈黙の叫び」3/5
http://www.youtube.com/watch?v=WoRG2uRKfSI&feature=related

「沈黙の叫び」4/5
http://www.youtube.com/watch?v=BSRlf1BHSHU&feature=related

「沈黙の叫び」5/5
http://www.youtube.com/watch?v=RZQ8t6a9vpI&feature=related

 同氏のお働きよって、世界中で、どれ程多くの尊いいのちが救われたかわかりません。私自身も感謝と敬意を込めて祈り、天への凱旋をお見送り申し上げます。

| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 14:34 | - | - | - | - |
厚労省報告、中絶経験率15%超で、繰り返す女性が増加
 昨日、あるクリスチャン女性から教えていただいたのがこのニュース。

 「日本人女性の15%超が中絶経験、繰り返す女性も増加」(産経ニュース)

 最新の調査であり、厚生労働省によるものだけに信頼度は高いように思うので、ご紹介申し上げます。
 http://sankei.jp.msn.com/life/news/110127/bdy11012710510027-n1.htm

 日本人女性女性の中絶経験率というのは様々なデータがあります。フェミニストの上野千鶴子さんは2000年の時点で、「50歳より上の女性に尋ねると半数くらいは中絶経験がある」と発言しています。この時代は、既婚者男性の中には、中絶をあたかも避妊の一部であるかのように考えているケースが少なくありませんでした。十分な避妊の努力もせず、「できたら堕ろせばいい」程度の考えで、夫婦の性生活がなれていました。女性たちも自尊心や人権意識が低く、夫婦で向き合い家族計画を話し合うこともできず、夫にされるままというケースが多かったようです。

 実際に1999年のNHK調査では、日本国民である女性の中絶経験率は43%でした。年代別では50歳より上が非常に高いです。このデータがNHKのETV2000という番組で放送された時は、やはり専門家は、向き合えない夫婦関係の問題だと分析していました。つまり、女性の権利が強くなったとは言え、夫婦間や性の分野では女性は弱者であり、夫と妻が対等に向き合い性生活について話し合えない現状があるのではとの見解でした。
 近年の様々な調査では、「日本女性の6人に一人は中絶を経験する」などという報道が多いようです。今回の15%という数字は、事実であれば、6人に一人よりは少ないのですが前回調査よりは多いので喜ぶわけにはいきません。また、中絶を繰り返すタイプの女性が増えている事は、極めて残念なことです。

 「昭和」の時代の中絶の特徴は、圧倒的に既婚者夫婦の件数が多かったことです。平成に入ると、中絶件数全体に占める10代女性の割合がどんどん上昇します。女性にとっても、結婚前の性体験が標準化し、高校3年時での性体験率1割未満だったのが、3,4割へと上昇。いわゆる性の低年齢化の影響でしょう。こうした若年層における中絶の上昇もようやくおさまってきたと思えば、今回の調査結果には別の一面を読み取ることができます。

 中絶理由の第一位は「結婚していないので」というもの。そうです。結婚していない関係での中絶の多さが、注目すべき点でありましょう。これは中絶という現象が昭和とは、かなり異なる意味を持つことを意味します。

 晩婚化、非婚化
、しかし、結婚前の性体験が標準化、さらに不倫も一般化したこの時代を反映しているのでしょう。逆に、既婚者である夫婦間の中絶の少なさは、セックスレスの増加によるものとの見解もあります。

 遅くまで結婚しないが、性体験をする独身者、不倫もかなり一般化してしまい、本来の性のパートナーであるはずの夫婦関係はセックスレス・・・・。聖書が示す夫婦の絆を作るための性が、破壊され、逸脱する人たちが、芽生えた尊いいのちを犠牲にしていると言えるでしょう。まさに、結婚外の性関係という罪が、弱者である胎児のいのちを奪うというさらなる罪を生み出していると思えてなりません。

 少子化の影響もあり、中絶件数の絶対数は減少していても、中絶に至るプロセスはより、罪深いものになっていると私は分析したのですが、どうでしょう?
| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 13:37 | - | - | - | - |
日本人の年間死亡原因の第一位は「癌」ではなく「中絶」
 昨日、あるクリスチャンの方から、ご紹介いただいたサイト。youtubeの「知らない方が幸せだった雑学」。本当にタイトルどおりの内容なのですが、その中に次のようなフレーズが!

日本人の年間死亡原因の第一位は「癌」ではなく「中絶」

  胎児は人間であるという前提で、中絶の予想される実数(24万のはるか上)を想定すれば、その通りでありましょう。

 本当に「知らない方が幸せだった」となってしまうと申し訳ないので、このフレーズの箇所だけお知らせしておきましょう。全体は6分13秒ですが、1分44秒の時点から約10秒間、文字で登場します。

http://www.youtube.com/watch?v=vT9tXCws5vw

 
 「知らない方が幸せだった」というよりも、「知って受け止めるべき現実」でありましょう。

 

 

| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 15:47 | - | - | - | - |
聖書的スピリチュアルにおける中絶

 昨日は一般的なスピリチュアルにおける中絶で、今日は、聖書的スピリチュアルにおける中絶であります。霊性神学者の第一人者と評されるダラス・ウィラードは、「心の刷新を求めて」(発行あめんどう¥2400+税)の95ページ以下で中絶問題に間接的に触れています。

 テーマは「失われている」ということ。それは「場違いなところにいること」を意味し、つきつめれば自分自身を神と間違えていること自分の人生を仕切るのは自分と本気で考え、神に頼らない生きかたをすること。さらに言い換えるなら「自分の腹(欲望)を神とする」という形態の偶像礼拝であります。文中の小見出しには「『失われている』とは自己執着のこと」とあります。神との関係で正直に生きなければ、かつては失われていて、今は見つけ出されたはずのクリスチャンも他人事ではありません。

 96ページではウィラードはイーデス・シェーファーという方の文章を引用しています。それを要約すると、何事も自分個人の平穏と安逸のために行うという潜在的動機が、善悪という基準を押しのけてしまっているというのです。自分の平和、快適さ、生活スタイル等が脅かされるなら「堕ろそう」と言うこと。まだ、生まれていない一つのいのちを代償としてもそれをする権利があると考えることです。中絶に限らず、そうした自分の平穏と安逸を脅かすなら、善悪という基準を押しのけて、様々な責任を放棄したり、悪と思われることを権利として行う態度を問題視する内容です。

 ウイラードは、こうした態度を「自己崇拝」と表現し、「人を何よりも確実に破滅に向かわせるのは、自分自身に従うことだ」(超名言!)とのカルヴァンの言葉を引用しています。

 もちろん、中絶関係者だけが問われているのではありません。誰も石を投げることはできないでしょう。しかし、一つのいのちが奪われるという代償の大きさを思えば、中絶は、極めて重大な自己崇拝でありましょう。決して女性当人一人だけではなく、男性やそれを勧めたり強制した周囲も同様でしょう。

 こうした聖書的スピリチュアルの視点では、中絶は「失われたもの」が行う最も悲劇的な行為の一つと評価されるのでしょう。

| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 08:35 | - | - | - | - |
スピリチュアルにおける中絶

 会員の一人にいわゆる「スピリチュアル」(キリスト教の霊性とは別のキリスト教外のもの)を奉じる方々とお付き合いのあるがいらっしゃします。クリスチャンであるその女性、スピリチュアル信奉者であり、出産育児の指導などをするある医療人にお尋ねしたとか。

 その医療人によれば、「胎児の魂は、出たり入ったりしているとのこと

 私自身もネットで「スピリチュアル」「胎児の魂」「出たり入ったり」等の検索語句で調べてみました。いわゆる「スピリチュアル」の教理では、やはり、胎児の魂は(5ヶ月程度までは)、肉体に定着せず、出たり入ったりしているのだとか。つまり、胎児の肉体を抜け出して、あちらの世界(霊界?)に行ったり、母親の周囲にいたりするのだとか。

 ですから、スピリチュアルの立場では日本のような妊娠22週目までの中絶は、問題とされないわけです。きっと、魂は肉体を離れて、霊界に戻るのでしょう。つまり初期の胎児を、積極的に「人間と人間でない生命体との間の中間的存在」と位置づけていると言えるのでは?

 聖書によれば、胎児の時からダビデと神は人格関係を持っていました。バプテスマのヨハネは胎児にして聖霊に満たされ、パウロや旧約の預言者たちの何人かは胎児の時から神に召され特定の使命を与えられていました。どうも、聖書的には、「魂が出たり入ったり」は受け入れられませんね。むしろ「胎児には神の霊が継続的に宿っている」「胎児は神の似姿に創造されている」と考えるのが必然でありましょう。

 スピリチュアルは、現代人には受け入れられやすい思想です。著名人にも信奉者は多く、様々な形で、日本社会に生きる私たちの思想に影響を与えているようです。今後「胎児の魂は出たり入ったり」という思想が、一般の若い女性たちに広まり、定着しないとも限りません。それは「中絶をしても魂は霊界に帰るんだ。いのちを奪うことにはならないんだ」と、より安易な中絶を助長することなりかねません。私自身もそうした思想の影響を常に見守り、必要に応じて警鐘を鳴らすことができればと願っています。
 

| ヤンキー牧師 | 人工妊娠中絶関連 | 08:47 | - | - | - | - |
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