命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
ホイットニーの悲劇に学ぶ男性選び(2)

 ホイットニーがボビー・ブラウンに魅力を感じた理由の一つは、推測するに自分にはない要素を持っていたからだと思われます。つまり、しっかりとした家庭で、真面目に生きてきた彼女の目には、ボビーの自由奔放さや危なさが、苦境の中での判断力喪失も手伝って、強烈な魅力として映ったのではないかと思うのです。

 超真面目な生徒会長の女子高生が、町で評判の不良が見せた一瞬の純粋なやさしさに参ってしまうようなものです。古いたとえで言えばアニメ「愛と誠」の世界であります。

 社長令嬢が、貧乏劇団員にぞっこんとなり、「一度でいいから、好きな人と貧乏暮らしをしてみたい」と言い出します。貧乏を厭わずアートと夢に懸ける男は、社長令嬢には、どんなに魅力的に映ることでしょう。見たことのない珍獣か宝石のようなのでしょう。しかし、現実はそんなに甘くありません。親から勘当されてまで、決断する結婚は、多分、破綻することでしょう。

 お笑いタレントの「いとうあさこ」は、芸風とは異なり、良家のお嬢様育ちで、実際にはかなり男性にモテるそうです。にもかかわらず彼女は、何度もひどい男に思いを寄せて、はその度にひどい目にあってきたそうです。これが結婚であったら、より大きな傷となったことでしょう。

 厳格な家庭、厳しい両親に育てられ、保護された女性の中にはそうした「無謀な選択」をする女性が時にいるもの。言うまでもなく、クリスチャン家庭に育つ女性は、その危険がなきにしもあらず。実際には、多くの女性は安定志向で、いざ結婚となると、父親のような真面目なクリスチャン男性を選ぶ女性が多いのでしょう。しかし、自分とは正反対の性格かけ離れた生育歴を持つ男性の「未知の魅力」に惹きつけられる女性もちらほら。

 苦境にあったホイットニーの目に映ったボビーの自由奔放さという魅力は、結婚後には、単なる無秩序と無責任であったと判明したのでしょう。苦境のホイットニーに注がれた優しさも、結婚生活の中では、その正体を現したのでしょう。その正体とは、優しさの背後にあるどうしようもない弱さ。それは薬物に依存し、DVに走らざるを得ない弱さ・・・・。

 男性にありがちな「優しさで偽装した弱さ」については以前の記事をご参照ください。きっと婚活系女性には、有益でしょう。

弱さを優しさでごまかす男たち(1)
http://blog.chiisana.org/?eid=790878

 弱さを優しさでごまかす男たち(2)
http://blog.chiisana.org/?eid=791265

 こうした一連の推測や想像が一定正しいのだとすれば、「自由奔放で優しい男性」に強い魅力を感じてしまう真面目クリスチャン女子は、要注意と言えそうです。

 読者の婚活系クリスチャン女性で自覚のある方はぜひとも、ご自分の持つ危険性を自覚されますように。また、友人知人が該当者だという読者の方は、愛と祈りをもって危険に陥らぬようその女性を守り導いていただきたいもの。

| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 13:50 | - | - | - | - |
ホイットニーの悲劇に学ぶ男性選び(1)
 ホイットニーさんは、真面目クリスチャンとして歩んできたようです。アメリカとは言え、芸能界では厳しい戦いがあったはず。そんな彼女の人生が一転するのが、結婚以降

 ブログ松ちゃんの教室で知ったこちらのブログ記事は、ノンクリスチャンによる客観的で信頼できるものだと思いますので、紹介します。
 http://happism.cyzowoman.com/2012/02/post_510.html

 一般市民のクリスチャン女性であったら、冷静な観察をして、安心・安全の結婚相手を選んでいくこともできたでしょう。極めて厳しく特殊な状況の中、周囲の誰もが長続きしないと考えるような結婚をしてしまったようです。また、優等生タイプの人生に限界を覚えていたので、奔放な不良タイプの男性に惹かれたのでしょうか?どうも、一番苦しい時に身近で支えてくれた男性を選んだようです。

 ホイットニーさんに注がれるはずであった神の祝福、結婚の祝福、家庭への祝福を思うと、心が痛みます。同時に、彼女と同様の失敗を、クリスチャン女性にして欲しくないとも強く願わされます。そこで、「ホイットニーの悲劇に学ぶ、男性選び」であります。私なりに考えてみた三つの落とし穴を記します。今日は一つ目だけ。

苦しい時身近で支えてくれた男性が結婚相手にふさわしいとは限らない
 人生の大きな苦境にある自分に手を差し伸べ、励ましてくれる男性。女性が好意を持つのは極自然のこと。でも、それは彼のある一面に過ぎません。
 「失恋後に相談にのってくれたのが、今の夫」「一番辛い時、支えてくれた彼と結婚」。そうしたパターンは多いもの。そして、そうした男性は善良で、結婚後も信頼できる夫になる可能性は高いでしょう。ですから、そうした結婚パターン自体が悪いわけではありません。むしろ好ましいのかもしれません。
 ただ、例外もあるということをわきまえなければなりません。困っている女性なら誰にもで優しい男は結婚後には、浮気をしやすいでしょう。苦しむ女性に心から同情できる男性は、自分もどうしようもない大きな弱さを抱えて苦しんでいるからかもしれません。その弱さは結婚継続を困難にする弱さである場合も。

 また、苦しい時は、判断力が不足します。苦難の時の優しい言葉は、平常時なら好意を抱かぬような男性をとんでもなく素敵に見せます。大失恋の後には、「優しくしてくれたら誰でもいい」状態になる女性もいるでしょう。不幸な家庭環境にいれば、「この家から私を出してくれる男性なら誰でもいい」状態になることも。

 苦境の時は、生涯を信頼して歩める男性に出会うチャンスでもありますが、同時に、一生に傷を残すような誤った判断と選択をしかねないピンチでもあることを、忘れないでいて欲しいです。婚活系クリスチャン女性がホイットニーの悲劇に学ぶことの一つはこれではないでしょうか?
| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 14:14 | - | - | - | - |
婚活系クリスチャン女子のための「コンドーです」チェック

 近藤正臣という俳優さんがいます。今も70歳ほどで、現役のようですが、若い頃は、一世を風靡した二枚目俳優であります。漫才コンビ「今、いくよくるよ」のいくよ師匠の理想の男性は近藤正臣だったと記憶しております。

 デビュー当時、鮮烈だったのは、スポコンドラマ「柔道一直線」で主人公のライバル役。ピアノの鍵盤の上につま先で立ち、演奏するというすごい業を見せました。極端なまでにキザで、またそれが似合ってしまう二枚目俳優でした。あえて言えば田村正和さんに近いタイプでしょうか。

 その近藤正臣さんの物真似が「コンドーです」であります。独特のアクセントと言い回しで、誰でもできるものまねとして、このネタは人気がありました。近藤正臣さんの物真似の「コンドーです」は漢字で書けば「近藤です」なのですが、婚活系クリスチャン女子にありがちな「コンドーです」は「混同です」の方であります。

 そこで、婚活系クリスチャン女子にしばしば見られる「コンドーです」を三つほど例示してみましょう。

 嶌同です」その一
 「神様が導いて下さる実在するみこころの男性を待ち続けること」と「自分が導いて欲しい実在しない、おこころの男性を待ち続けること」

 言うまでもなく、「みこころ」は神様のご意志で「おこころ」はご自分の願い。そして、前者は信仰による忍耐がやがて実を結びますが、後者は、永遠に結実を待ち続けることとなります。

◆嶌同です」その二
 「現状認識に立った上で、神から与えられた現状を超越した信仰」と「現状認識に欠けた信仰名目による自己願望、または妄想

 前者は、現状認識がある上で、神様から与えられた信仰によって現状を超越して信じている本物の信仰です。後者は現状認識がないので、現実の厳しさを知らないままで、自己の願望神からの信仰に昇格させての本末転倒の末に一種の思い込みや自己暗示の状態になっているわけです。

「混同です」その三
 「結婚を願い、具体的努力をしながら、相手については、自分の希望や条件よりも神様の導きを優先すること」と「結婚を願いながら具体的努力をしないままで、神様の導きなら誰でもよいと考えること」

 時に後者のように人間側の努力放棄と希望放棄の態度が、「信仰的」とか「委ねている」と評価されますが、私はそうかな?と思います。前者は「委ねている」であり、後者は「甘え」「依存」「責任放棄」に近いようにも思えるのですが・・・・。
 思うに、後者は「委ねている」という名目での努力不足でありましょう。結婚を願うなら、祈った上で、具体的な努力をすることが神様に対しても人に対しても誠実な態度かと思うのですが、どうでしょうか?そもそも神様は私たちに「求めること」を求めておられるのですから。

 私たち愚かな罪人は、よく「愛」と「甘え」「信仰」と「現実逃避」「自己信頼放棄」と「自己責任放棄」などを、無自覚のうちに、混同してしまいやすいもの。ましてや主観的な感情エネルギーの高い恋愛や結婚の世界では、より客観性を失い、無自覚に「似て非なるもの」を混同してしまいやすいのは、当然のこと。

 個人的な観察では、こうした「コンドーです」が、婚活女子の命取りになっているケースも多々あるようにお見受けしますが、偏見でしょうかね?というわけで、婚活系クリスチャン女子の皆様には、まさに「小さないツッコミ、大きなお世話」でしょうが、「コンドーです」の自己チェックなどしてみてはいかがでしょうか?

| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 13:58 | - | - | - | - |
婚活系クリスチャン女子に問う!「三平女子」「四正女子」は不信仰か?

 「三平女子」だの「四正女子」だの四字熟語ばかりで恐縮なのですが、婚活系クリスチャン女子の皆様からは、そういう発想自体が、「打算的」「世的」「不信仰」「信仰的妥協」などと、お叱りを受けてしまうかもしれません。でも、ちょっと考えてみて下さい。

 野球にたとえてみましょう。初球は、真ん中ストレートを狙ってもよいでしょう。二球目はストライクゾーンを少し狭めて、好球必打もいいでしょう。しかし、既に二球見逃しで2ストライクまで、追い込まれている状態で、真ん中ストレートが来ると信じて待っているのは、どうでしょう?見逃し三振でアウトになる可能性が極めて高いでしょう。

 ところが、クリスチャン女性の中には、2ストライク状態になっているのに、真ん中ストレートが来ると信じて待ち続けている方もちらほら。いつの日にか、神様は祈り願ったとおり、あるいはそれに準ずる男性と出合わせてくださると信じているのです。そうなってくると、自分が願うような条件からはずれた男性を結婚相手として考えることはまさに「不信仰」「妥協的」となってしまいます。

 こういう状態に陥ると悪循環が起こりかねません。神様が出会いに導いておられる男性を次々と見送り。神様がストライクゾーンに投げ込んでいるのに、見逃してしまうのです。甘いストレートしか振ろうとしないのです。見逃しの三振をし続ける彼女を心配して、周囲は「高望みしてんじゃない?」「今のうちに決めておかないと」「そんなんじゃ、一生独身だよ」と突っ込まれても、「そんなことない、信仰によって・・・」と信仰的反論。さすがに周囲もそれ以上言えず沈黙。周囲を遮断して、主観的信仰に埋没し、自己を客観視できなくなり、さらに深刻な状態へ・・・・。

 そうならないためにこそ、早い段階で「聖なる三平女子」になる決断もご検討を。「聖なる三平」とは、野球で言えば、打ちにいくべきボールでしょう。また、2ストライク状態の方は、ぜひとも、「四正女子」のご決断も。ストライクゾーンが四隅を持つ長方形のように、「四正男子」は見送れば、見逃し三振となるストライクゾーンの球。コーナーぎりぎりであっても、手を出すのが賢明。

 神様が出会いに導いておられる男性は、かならずしも、婚活女性の目からは真ん中ストレートとは限りません。神様のストライクゾーンと人間のストライクゾーンは大きく異なります。神様の絶好球が、人間の目にはワンバウンドや暴投と映ることもあるのでは?実際に、神様が導かれる最高の結婚相手が厳しいコースに来たり、コーナーぎりぎりだったりするケースは少なくないようです。

 「聖なる三平女子」のおすすめも、「四正女子」の提案も、決して「導きや御心など考えずに、選択肢を広げて・・・・」という意味ではありません。むしろ、神様の導きや御心を、見逃さないために、広いストライクゾーンに変更することを願っているのです。

 言い換えますなら、神様のストライクゾーンに自分のストライクゾーンを近づけるための方法、その一例が「聖なる三平女子」と「四正女子」かと思うのですが、どうでしょう?

| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 11:06 | - | - | - | - |
婚活系クリスチャン女子よ!「四正女子」になってみないか?
 「三平」の次は「四正」のおすすめ。つまり、正常な信仰を持つクリスチャン男性なら、他の要素は平均以下でも正常の範囲ならいいじゃないか?というものです。

 まずは、「平均以下でも正常な収入」です。20代なら年収が300万もあれば十分でしょう。月収が手取りで20万あれば、共働きで行けるでしょう。「共働きでも食えない収入」「働けない心身の病」などでなければ、踏み出してみてはと思うのです。大切なのは、経済的な必要も神様が与えてくださるという現実的な信仰。あるいは、独身の気軽さや贅沢を捨てて「結婚バージョンの経済生活」をする覚悟でしょう。

 次には「平均以下でも正常な容姿」であります。正常な容姿とは「どうしてもダメ」「生理的に無理」でなければという意味です。しっかりとした信仰のクリスチャン男性なら、必ずしもタイプでなくてもいいではないですか?いわゆる「面食い」のクリスチャン女性は、極めて厳しく不利な婚活を強いられることはお覚悟を。私は必ずしも、面食いを霊的でないとは思いません。ただ、優先順位が高いのは問題かと考えます。私の考えでは、ルックスへのこだわりを捨てられるほど、相手の人格面・信仰面にこだわる女性になっていただければと思うのですが、どうでしょう。そうなれたら苦労しないって?

 三つ目は、「平均以下でも正常な性格」。「自分としては、平均以下の性格だけど、悪くはない」「自分が好む性格ではないけれど、健全で信頼できる人ではある」ということです。たとえば、「頼りがいのある男性が好みの私、この男性、頼りなさそうだけど、善良な性格」「癒し系の男性がいいのだけれど、ちょっと威圧系、でも、頼もしくて信頼できる」などです。

 自分の好みからすれば、平均以下でも、結婚相手としては好ましい性格ということはいくらでもあります。もちろん、好みや相性は大切、でも、それと「自分の結婚相手としてふさわしい性格」とは別である場合も多いようです。とりあえず、「不健全な印象」、「病的な疑い」、「不安を与える」などでない正常な性格の持ち主なら、すぐに切り捨てずに、候補として考えてみてはどうでしょう。

 四つ目は、「平均以下でも正常な信仰」。これだけは、安易に「平均以下でも」とはいかないでしょう。信仰面で大切なのは「深い、浅い、」「熱心、不熱心」というバロメーターよりも「本物かどうか?」というバロメーターです。聖書にあるように、信仰は大きいか小さいかでなく、からしだねのように極小でもいのちがあればいいのです。クリスチャンホーム子弟に稀に見られる「クリスチャンらしい形だけの信仰」や「リアリティーのない観念的信仰」などは、結婚する前に見抜きましょう。

 相手が正常な信仰の持ち主であるなら、妻次第で、男性は結婚後に、飛躍的に信仰が成長することも多いです。謙遜で忠実な男性が、結婚前には、信仰面で際立った要素がなくて、結婚後に夫婦共に成長するケースを、私自身は多々見てきました。賢明な女性は、そのように夫も自らも、結婚後に成長するパターンになるものです。「しっかりした信仰の男性に頼ろう」でも「未熟な夫を鍛えよう」でもなく、「今はもうひとつでも、結婚後に共に成長しようと願う婚活女性であれば希望は大きいです。

 結婚相手について、より本質的なバロメーターは、「優ー劣」よりも「健全ー不健全」、「強ー弱」よりも「真ー偽」なのは、間違いないと思いますよ。

 「三平女子」ならぬ、「四正女子」。平均に至らなくても正常であれば、結婚後に期待はできるもの。「正常な収入、正常な外見、正常な性格、正常な信仰なら、神様、OKです!」となれば、選択肢も広がり、今まで見えていなかった神様の導きにも気がつくかも。
| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 13:23 | - | - | - | - |
婚活系女子よ!君は「三平女子」を知っているか?

 日曜日の夜にテレビを視聴。最近の婚活傾向を示す言葉は「三平女子」なのだとか。これ、林家三平師匠のような男性を結婚相手に求めるのではありません。「平均的年収」「平凡な容姿」「平穏な性格」の三つの「」をとって「三平女子」というそうです。驚くべきことには、20代の若い女性たちが、「普通でもいい」ではなく「普通がいい」と積極的に、公務員など安定した職業で普通の容姿と性格の男性と結婚しようと願い、婚活に励んでいる姿がレポートされておりました。

 バブル期の女性が結婚相手に願ったのは「高収入」「高身長」「高学歴」のいわゆる「三高」

 その後の経済停滞期となると、「低姿勢」「低依存」「低リスク」の「三低」へと変化。

 さらに資本主義経済や社会自体の破綻が危惧される危機の時代にあっては、「平均的年収」「平凡な容姿」「平穏な性格」の「三平」へと到達。

 今や20代の平均年収は334万、30代で472万、40歳で603万だそうです。若き婚活女性たちは、結婚相手に高収入どころか、自分が専業主婦となれるような収入の男性自体が希少価値。テレビ報道によれば、「彼の年収300万自分の年収300万、合わせて600万で十分」というお考えだそうです。

 バブル崩壊以降に生まれて、日本社会を生きてきた女性たちは、贅沢しなくても、物質的に豊かでなくても「プチハッピー」を実感できることを体験済み。それで、そこそこの収入で、そこそこの相手で幸せに暮せれば十分と考えて、高望みをしないようです。

 一方、教会内の婚活系クリスチャン女子に目を向けますと、いまだに「三高」志向の方が多いのに驚きます。親が高学歴で高収入である家庭に育った方は、それが標準になってしまうのか、そうした傾向が強いようにお見受けします。「専業主婦になりたい」「夫婦がそれぞれ車を所有」「都市部に持ち家」「年に一度は海外旅行」・・・・・・。何とバブリーな婚活者でしょう。しかも、相手が若いクリスチャン男性であることを願うなら、可能性は極めてゼロに近いでしょう。

 この時代にあって、結婚相手に三高のクリスチャン男性を本気で願っているとしたら、私は心配です。そうした女性は、マハラジャのお立ち台で踊っているキリスト教界のバブリー青田典子でありましょう。それは、「現実を突き抜けた信仰」というよりは、「現状認識欠如と独りよがりの信仰による思い込み」である可能性が高いですから、お気をつけられますように。

 私は「クリスチャン女性こそ、三平女子たれ!」と言いたいです。「しっかりとした信仰があれば、あとは、平均的収入で、平凡な容姿で、平穏な性格であれば、いいじゃないか!」と思うのですが、やはり、そうは行かないんでしょうかね?

 専業主婦でなくても、持ち家でなくても、海外旅行へいけなくても、同じ神を信じる男性と共に生きること自体が「ハッピー」なのです。結婚自体に喜びがあるのですから、相手は「三平」で十分なのです。

 悪い事は言いません。相手に何らかの好条件を求め続けて、結婚できずにいるより、ご自分が早く「三平女子」となることですぞ。それなりのクリスチャン男性と結婚して、その後、聖書の教えに従ってお互いが成長し、幸せな結婚生活を築き上げていくことかと思うのですが、どうでしょう?

 「信仰があれば、あとは三平でいい!」

 婚活系クリスチャン女子も、そんな「聖なる三平女子」にならないと、何も始まらないという、なかなか厳しい時代のように思えてなりません。

| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 14:30 | - | - | - | - |
推薦ブログ記事「婚活のコツ」
 南国のブログ王子、久保木牧師のブログ記事「婚活のコツ」シリーズをまとめたものが、どこかのキリスト教系出版物に掲載されるようです。こうした記事が用いられて、「クリスチャン婚活セミナー」とか、「クリスチャン婚活道場」などが広まるとうれしいです。

 その充実の記事をご紹介。痛いツッコミ主流の拙ブログとは異なり信仰的なチャレンジと深い洞察に満ちています。
 「婚活のコツ」シリーズ
 http://blogs.yahoo.co.jp/sjy0323jp/folder/1516580.html

 その中で拙ブログについても触れてくださっています。

 たとえば笑えてためになるのが、これでしょう。
妄想婚活リーグ!冬彦JAPAN対のびしろJAPAN
http://blog.chiisana.org/?eid=1407943

思い返せば、100以上にわたって「婚活」や「伴侶選択」についての記事があったのです。
http://blog.chiisana.org/?cid=24517

実は「婚活」なる言葉が生まれる前から、記しており、かなり盛り上がった「ツチノコ男」シリーズも。
http://blog.chiisana.org/?cid=24503

 こうした記事が、婚活に奮闘するクリスチャン男女の助けになれば感謝。
| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 16:49 | - | - | - | - |
婚活女性の心得としての「素敵な偶然よりも,リアルな誠実さ」
 以前、先輩信徒さんの紹介で、お見合いをされたクリスチャン女性から、事後報告をいただいたことがあります。その中で、大変、教えられるフレーズがありましたので紹介します。そのフレーズとは・・・。

素敵な偶然よりもリアルな誠実さ
 
 お見事です!数式?にすれば、「素敵な偶然<リアルな誠実さ

 これは婚活クリスチャン女子が体得すべき極意の一つでありましょう。その女性からのご報告によれば、お見合い相手の男性は、ある「素敵な偶然」をアピールされたようですが、彼女はそれには、全くときめくことがなかったそうです。彼女が期待していたのは、それよりも「リアルな誠実さ」だったというのです。

 誕生日が同じ、同じ地域に住んでいたことがある、違う教会で同じ牧師にお世話になっていた、共通の友人が何名もいる、趣味が同じ、好きなアーチストが同じ・・・・などなど。狭い日本です。そのなかにあるキリスト教界も広いようで狭いもの。ですから、「素敵な偶然」は時にあるもの。

 そうした素敵な偶然は、神様の導きを感じさせることかもしれません。それに、思わずときめいてしまう気持ちも分かります。いいえ、実際に導きの一判断材料である場合もあるでしょう。

 しかし、私も彼女を支持して、強く申し上げたい!

 伴侶の判断基準としては、どんなに素敵な偶然も、リアルな誠実さにはかなわない!

 「本当に自分を共に主に仕える大切なパートナーとして尊重する男性かどうか?」が彼女のポイント。判断基準。これはアッパレです。

 たとえ同じ誕生日、出身地、好きな食べ物もミュージシャンも、好きな聖句や愛唱讃美歌までが同じであったとしても、実際の誠実さには適わないのです。ロイヤルストレートフラッシュのような偶然の一致を持つ男性よりも、絶対にブタ(ポーカーで役のないこと)を持つ誠実な男であります。

ロイヤルストレートフラッシュ男に勝る誠実ブタ男」なのであります!

 素敵な出会い、心ときめく出会いにあこがれるのもいいでしょうが、そればかり期待し、妄想しているようでは、婚活女性としては、まだまだですぞ。

 「あまりときめかないけど、リアルに誠実な男性

お説教がましいですが、そんな男性を評価し、伴侶とできる女性にご自身が成長されることかと思います。

 男性の皆さんは素敵な偶然や演出も結構ですが、そうした小手先でなく、誠実さという中身で、本物の勝負ができたら、最高ですね。
| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 09:15 | - | - | - | - |
クリスチャン女子の婚活関連でブログの紹介
 月に一度は、本ブログへのリンク元を調べます。従来にないサイトからのリンクがあったので、確認したら、これがなかなか興味深いブログでありました。

 ブログのタイトルからして、挑戦的です。「クリスチャンの片隅で暴論を吐いてみる」。見解には賛否両論あるでしょうが、正直な思いや見解を発信してるという意味では評価したいです。まずは、こちらをご一読あれ。

クリスチャンの婚活状況(1)みこころの人の()に何が入るか 
http://christiannever.blog.so-net.ne.jp/2011-10-22-1

 私自身は100%賛同というわけではありませんが、結構当たっているし、痛い現状分析であると思います。「みこころの人の()」という表現が、いいですね。婚活系クリスチャン女子の皆様は、ぜひ、この記事を読まれ、ご自分を省みえて、ご一考を。また、私自身も男性としての視点の限界も受け止めて考えてみたいです。

 管理者は40代の既婚者クリスチャン女性のようです。「あーあ、言っちゃった」という暴論であるかもしれませんが、正直なクリスチャン女性たちの思いを先輩として発信しておられるのではないでしょうか?

 「建徳的」「信仰的」などの言葉で、向き合うべきマイナス面をタブー化しやすいキリスト教界かと感じています。むしろ、建徳的な意識で信仰的な思いで、タブー視されかねない課題に向き合い、正直な発信をしていく大切さを思います。そこに賛否両論があるのが健全かと考えています。ご紹介させていただいたブログも、そうした一つであれば、うれしいですが、暴論か正論かのご判断は、読者におゆだねしておきます。
 
| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 13:30 | - | - | - | - |
婚活応援一言うんちく(7)

 今日で最終回にしておきましょう。そこで結論に準ずるようなうんちくを。

「実りなき独身生活とは、岸辺でのアサリ堀りのようなもの。勇気をもって踏み出した結婚生活は、荒れ模様の大海でのマグロ漁のようなものである。」

〈解説〉
 このうんちくの背景にあるのは、拙著などでも引用したのが、文豪アンドレ・ジイドのこの言葉。
岸を見失う勇気なくして、大海の発見はありえない

 これを結婚に適用すれば、実りなき独身生活は、岸辺に留まること。そこでの収穫はアサリ程度。地面を掘っては、一個10円にもならないアサリ漁。それに対して、岸辺を見失い勇気をもって踏み出した大海への航海はマグロ漁であります。もちろん、海が荒れることもあります。危険と隣りあわせとは言え、一匹が数百万のマグロ漁。腕次第とは言え、その漁獲は、危険に見合うだけの価値はあるもの。

 もちろん、独身を否定しているのではありません。実りある独身生活はありますし、生涯を通じて、独身を貫き、実り豊かな人生を送る方は、多くいらっしゃいます。独身として大海に漕ぎ出し、マグロ大漁を続けておられる人生は、賞賛に値するものでしょう。

 私が失礼ながら、浜辺のアサリ漁にたとえているのは、独身の自由さや快適さを手離せず、いたずならに結婚の決断や婚活開始を先送りにしているような結婚ニート型の独身生活者の方々であります。

 神様からは、大海へ漕ぎ出すよう招かれている気はしているのです。いつか、その決断をして、漕ぎ出す気持ちはあるのです。でも、「神様もう少し」なのです。やっぱり、岸辺は安全でいいのです。アサリ漁もそれなりに楽しいのです。

 そして、マグロ漁に伴うリスクを恐れます。親や先輩などのマグロ船遭難を見聞きしているので、そうなるのも分からんでもありません。自分を顧みれば、マグロ漁が務まる自信ももう一つ。何より、そこまでのリスクを冒してまで、共にマグロ漁をしたいと思える魅力的な異性が見当たりません。あるいは、いても、相手にしてもらえないことも。では、一生岸辺で、アサリ漁の人生を送るつもりかといえば、それは嫌なのです。

 もし、この記事を読まれて、「いつまで岸辺でアサリ獲ってんだ?いいかげんマグロ漁に漕ぎ出せよ」と神様から背中を押された方は、そろそろ本気モードで婚活開始をされてはいかがでしょうか? 

 

| ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 13:26 | - | - | - | - |
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