命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
「親子別教会という選択」からの発展記事の紹介
 関東ツアーの三日目。疲労も蓄積してきたので、ひと様の記事の紹介で失礼します。一連のシリーズには発展的な応答があったのですが、とりわけ注目すべきブログ記事を紹介します。私のシリーズ記事は、単純な問題提起であったのですが、そこから発展させて随分、深い考察をしていただき、大変有益だと思いますので、読者の皆様にご紹介。

「一キリスト者のからのメッセージ」より「罪の・・・・ギャップ
http://voiceofwind.jugem.jp/?eid=262 

 非常に広い視点からの考察に脱帽です。辛らつな面もありますが、クリスチャン二世問題についての的確な問題提起かと思います。


「大和郷のある教会」より「信仰の他流試合
http://sugamo-seisen.blogspot.com/2011/06/blog-post_22.html

 「親子別教会」などは、まだ、近視眼的な展望に過ぎないと思います。ここに予見されている「文化的対立」は、十分な根拠を持つものでしょうし、次世代の教会を考える上で、想定しておくべき重要な事柄だと思います。



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| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 20:13 | - | - | - | - |
娘の就学旅行で実感?子離れできない親たちのこと。
 育児講演の時は、繰り返しアピールしているのは、「子育ての目標は自立」ということ。お決まりのフレーズは以下の通り。

 「子育ては子別れ
「夫婦は一体、親子は他人
「愛して一つになるのが伴侶、愛してサヨナラするのが子ども
「子育ての評価基準は自立度
「成績、技術、能力、所有は付加価値、自立度が本体価値
「自立に向けて育てない子育ては育児でなく飼育!」
「お母さんたち!息子さんをどんなにかわいがって育ててもも、最後は他の女のものになるのです!」

 実は火曜日から中三の娘は、修学旅行。ディズニーランドで遊んでホテル、東京と横浜を観光して、伊東で自然学習、ペンションで宿泊という予定。そして、本日が帰宅であります。修学旅行に際しての保護者へ通信には、こんな言葉が・・・。

「ホテルやペンションなど宿泊先への訪問はご遠慮ください」

 噂には聞いていたが、本当にこうした注意をしなくてはいけないのか・・・。生徒が何百人もいれば、一人くらいは、修学旅行にまで、心配でついてくる親がいるのかも。

 今の教育や家庭の問題の多くは、三世代における世代間分離の不徹底との指摘は、よくお聞きします。親である者自身が、自らの親との世代間分離ができておらず、そのために子どもとの分離ができず、子どもをスポイルしやすいようです。

 聖書ではヤコブには、そうした要素があったように推察します。神様のラバンのいじめ?や神との相撲を通じてのヤコブへの取り扱いには、世代間分離、つまり母リベカとの精神的へその緒を切るという目的があったのでは?などとひねくれた推察をしています。

 今日のクリスチャンホームやクリスチャンホーム子弟にも神様はそうした取り扱いをして、健全で祝福された家庭形成への導いておられるのでは?時には子どもの問題や反抗、あるいは家族問題を通じて、そうした取り扱いがなされるのだろうと思うわけです。

 大切な事は「クリスチャンホームなのになぜ?」ではなく、「クリスチャンホームだからこそではないか?」という可能性を考えて、受け止めることだろうと思うのです。娘の修学旅行に際しての保護者への通達から、そんなことを思いました。 



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| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 13:41 | - | - | - | - |
中高生の親のために?「自己破産」という名前の祝福
 悪魔の雑談シリーズとの関連で以下のブログ記事を是非とも紹介したいと願いました。

ブログ「はちことぼぼるの日記」掲載の記事「友人からの証し

http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20110129#1296314117


 この記事との関連で、本ブログ「悪霊の雑談(3)」が引用されています。

 悪霊の雑談(3)が、裏側から、浅薄な「祝福」理解の問題と危険性を突きつけたのに対し、この証しは、実生活の中で、クリスチャンにとっての「本物の祝福とは何か?」を直球ど真ん中で示して下さっています。神様アッパレ、悪魔歯ぎしりの証しでしょう。

 それをうけてのはちこさんのコメントも最高。これぞ、現代日本社会におけるマタイ5:3の具体的現われであります。「自己破産」との表現もこれまた最高です。イエス様は祝福の一番に「貧しき者」、つまり「非所有故に神に信頼せざる得ない者」を筆頭に挙げました。

 多く所有しそれ故に所有に依存し、神に信頼しないクリスチャンと所有が少なくそれ故に神に信頼せざるを得ないクリスチャン、どちらが神の祝福を受けるか?そんなことは考えるまでもありません。豊かな社会に生きるクリスチャン、物質にせよ能力にせよ、多く所有するクリスチャンは、ともすれば、この「自己破産という名の祝福」を体験せぬままで過ごしてしまいかねません。

 悪魔は、クリスチャンの親が神に信頼しないようにするためなら、子どもを塾に行かせるためのお金も、礼拝を休んで副収入を得るチャンスをも与えるでしょう。礼拝や教会学校を休ませてでも子どもを受験勉強に集中させる誘惑に屈する親も・・・。

 その結果、親が望んだような進路に進んだ子ども達はそうした親の生き様を通じて、生ける神を見るでしょうか?そう考えますと、高学歴のノンクリスチャン大量生産する日本のクリスチャンホームの中には、悪魔の思う壺状態になっているケースも多いのでは?などと恐ろしいことを考えてしまいます。

 クリスチャンの親が、観念的な信仰であるか、それとも生きた信仰であるか、結局、世と調子を合わせているのか、そうでなく神に従っているのかは、とりわけ子どもの進路や学校の世界で、リアルに問われたり暴露されたりです。

 私自身も4月から高校受験生となる娘を持つ親として最高の励ましをこの記事からいただきました。

綾小路きみまろは言いました。
中高年、歯がない、毛がない、先がない

しかし、私は言いたい、
中高生の親、金ない、学ない、でも、先がある!あるも大あり、神からの祝福!


 クリスチャンである中高生の親の皆さんに、とりわけ受験生を持つクリスチャンである親の皆さんへアピールです。

 金も学もない親にこそ、「自己破産という名の祝福」が開かれているのです!悪魔は多く持つものを誘惑し、神から親どころか、その子どもまで引き離そうと願っています。しかし、神は、持たざる者ご自身に頼り、本気で祈り求め続けるのを、楽しみに待っておられます。

そう、信頼と求めとを待っておられるのです。「自己破産という名の祝福」を手元に
 
| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 09:40 | - | - | - | - |
家族にとって一年で最も大切な日は?

 本日、車内でラジオを聴いているとこの質問が。その番組で紹介されたアンケートによれば、40台以降のトップ回答は、「お正月」とのこと。特に60代では、70%を占めるのだとか。家族が元旦にそろうことでアイデンティティーの確認という文化なのでしょう。

 それに対して、20代、30代のトップ回答は、私にとっては意外なものでした。それは・・・

 「子どもの誕生日

 そのアンケートでは、これ以外の質問項目も含めて、一つの結論を出しています。それは「国家や会社が自分を守ってくれるという幻想が崩壊している世代は家族回帰、家族を最優先する傾向が高まっている」との分析結果。同様の指摘は様々な分野でなされていますが、私なりには納得です。

 しかし、この「子どもの誕生日」という回答はどうなんでしょうね?確かに国家や会社が自分を守ってくれるという幻想を捨てて、最も基本的な共同体である家族への回帰は正解でしょう。しかし、その家庭優先の具体化が「子どもの誕生日最重要」というのはズレているでは?と批判的になってしまいます。これは子どもを家庭の中心にし、お子様扱いをしてしまい、子どもの自立や健全な成長を妨げやすい日本の家庭の悪い面を露呈させていているようにも思うのです。

 「では、日本社会に生きるキリスト者としての模範解答は?」と考えてみました。

 子どもの誕生日よりも救い主の誕生を祝うクリスマス?
 子どもの誕生日よりも家庭の代表である父親の誕生日?

 いいえ、私なりの模範解答は、「結婚記念日」。

 家庭の基礎、中心は夫婦。愛し合う夫婦こそが、子どもが健全に成長する最重要の土台。ですから、子どもの誕生日よりも神様が夫婦を結びつけ、家庭をスタートしてくださった日のほうが、重要なのでは?

 私は、家庭観も実生活も、親子中心の家庭から夫婦中心の家庭への転換こそが、確実な日本の福音化だと思います。それは欧米化ではなく、福音化です。夫婦中心の家庭理念は欧米文化ではなく、聖書そのものに由来する原則だからです。

 「我が家と我は主に仕えん」の具現化はたとえば、こういう優先順位を取るのでは?と思うのです。本気で私たちが福音に生きる家庭であろう、福音の光を拒まぬ家庭として歩もうとすれば、一つの具体的な現われとして、最重要の日やその祝い方は自ずと、クリスチャンではない方々の家庭とは異なってくるのではないでしょうか?こうした具体的なあり方が、さりげなく、しかし、明確に、日本の社会に福音を証ししていくように考えておりますが、どうでしょう?

| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 18:14 | - | - | - | - |
子どもの命名、あまりにお見事!
 子どもの命名に親としての願いを込めたり、信仰的こだわりを持ったりするクリスチャンは多いもの。最近、お会いした牧師先生のご夫妻は、四人のお子さんが与えられており、全員が娘さん。そのお名前がすごいです。
 
 長女が「真穂」で次女は「美穂」、三女は「咲穂(さほ)」で四女が「香穂」。四人の名前、その最初文字を並べると「真に美しく咲き、香る」となります。お見事です。しかし、本当にすごいのはここからです。

 「先のものが後になり、後のものが先になる」という聖書の言葉に従って、一人目である長女と四人目である末娘さんの名前を取り代えるなら、「穂」「穂」、「穂」、「穂」の順となりますと。これはすごいです。」

 すごいでしょう?もう、参りましたです。えっ?何がすごいか分からないって?そういう方は四人の名前を縦に並べて読んでみてください。

 四女 カホ
 次女 ミホ
 三女 サホ
 長女 マホ
 
 それにしても人間的な計画だけでは、こうはうまくいかないでしょう。人の思いを超えた神様の御計画とそれを尊び応答された人間側の真実さが結びついたような命名。私としては、四人の娘さんのお名前は、この牧師夫妻の敬虔さや真実さを証しているように思えてなりません。お見事、アッパレ、脱帽です。
| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 20:21 | - | - | - | - |
クリスチャンをうまくなる努力?<キリストを愛する努力
 火曜日にラジオでお聞きした話です。あのイチローの父親は、「イチローには、野球がうまくなる努力をしたことは一度もない、野球を好きになる努力をしてきた」という趣旨のことを語っておられるとか。

 イチローと父親は連日バッティングセンターに通っていたという話しが広まって、多くの父親が息子をバッティングセンターに連れてくるようになったそうです。しかし、事実は、イチローの父がイチローを連れて行ったのではなく、イチローが父を誘ってお願いして通いつめていたのです。

 つまり、イチロー親子の話を聞いて、息子を野球選手や甲子園のスターにしようと親子でバッティングセンターに通う方々は、形だけの模倣であって本質をはずしているのです。自分から父親をバッティングセンターに誘う程の「野球好きに育てること」がイチローの父親の努力であったのですから。
 
 子どもに対して「外圧によって親の願い通りにする」のでなく、親が子どもの「内圧を高める努力をする」のです。これは、一般的な育児、教育だけでなく、教会教育や信仰継承にもかかわる本質だと思うのです。

 このことを子どもへの信仰教育という面で適用すると、教えられたり、反省させられたりです。

 「子供をクリスチャンにする努力」ばかりをしてしまい「キリストを愛する子に育てる」という発想が欠損しがちな大人たち。

 教会へ行く、お祈りする、聖書を読む、それは全部大切。これらをある意味の親の権威という外圧をかけて子どもにさせること自体が、決して悪いとは思いません。ただ、子どもの内側への働きかけがなかったらどうでしょう?そうでなければイチロー親子の外面だけを模倣してバッティングセンターに通う親子と同様に、わが子と教会に通っているという状況に陥らないとも限りません。神の愛を知り、それに応答して「神を愛する心」を育ててあげないと、中学生あたりでの離脱傾向は必然となるでしょう。

 さらに問われるのは親自身、教会の大人たちの信仰姿勢であります。親や教会の大人たちが、子どもに対して見せているのは「クリスチャンをうまくやっている姿」なのか「キリストを真実に愛し生きる姿」なのか?が問われるのでしょう。

 教会内部で熱心に忠実に仕える一方で、教会の内と外、教えと生活を巧みに使い分ける姿を子どもに見せてきているのか?使い分けをしないように、いいえ、してしまったなら、それを偽善と認め悔改めながら真実に神を愛し御言葉に生きる姿を子どもに見せてきているか?

 礼拝、奉仕、讃美、祈り、献金をささげるという外面的行為を見せてきたか?それを神への愛の故に喜んでささげる心を見せてきたか?が問われます。
 
 果たして、クリスチャンである親や大人たちがしている努力の本質は「クリスチャンをうまくやる努力」と「キリストを愛するが故の努力」のどちらなのでしょう。

 そう考えると、子どもへの信仰継承の問題の本質は、親自身の信仰姿勢にあると言わざるを得ません。聖書が示す親の権威は、模範を示すためのものですから。親である私たちの多くは、子どもの信仰継承で悩むより先に、自らの信仰姿勢を検証してまず自分が悩むべきなのかもしれませんね。

 「イチローには野球がうまくなる努力をしたことは一度もない、野球を好きになる努力をしてきた」

 それに倣いたいと思いました。親自身が生活を通じて模範を示し、神を愛する実際の生き様をもって御言葉とセットで実物教育していくのです。

 「子どもをクリスチャンにする努力など一度もしたことがありません。ただ、子どもが神様を心から愛するための努力だけをしてきました。その結果、子どもはイエス様を信じ受け入れました」

 「子どもにはクリスチャンがうまくなる努力をさせたことは一度もありません。キリストを愛する子に育つ努力をしてきました。」

 そんなことが言える親が理想かなー?と考えているところです。
| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 09:14 | - | - | - | - |
一度は見たい星家のこんな情景
 「巨人の星」のあの一家を思いながら、一度はこんな情景、見たいと考えたこと。

 ちゃぶ台返しをする明子姉さん。

 その後始末をする星一徹

 それを見て「姉ちゃん、遂にやったね」モーレツに感激して涙を流す星飛雄馬

 星家にあって、最もちゃぶ台返しをすべきは明子姉さんでありましょう。才色兼備でありながら、中卒、主婦業、ガソリンスタンド勤務、恋も遊びもありません。常に父と弟の犠牲であります。

 子どもを通じて自己実現を果たそうとして、息子をスポイルする父。その夢のために娘の才能や可能性や青春を奪ってしまう父。「すまん」「もうしわけない」では取り返しがつきません。

 かつては星一家のあり方に本気で感動していた自分が恥ずかしいです。星家は、最もあってはならない家庭の一類型でありましょう。

 冒頭のような情景こそが、星家の健全化には必要であったでしょうし、健全な家庭観を持つ者はむしろ、そのちゃぶ台返しを肯定的に評価できるのでしょう。
| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 20:59 | - | - | - | - |
NHKドキュメンタリー記事への応答
 先日のNHKの特別養子縁組家族のドキュメンタリーについての事後記事への応答として会員の方から以下のようなコメントをいただきましたのでご紹介申し上げます。以下がそのコメント。

 番組は見ていませんが、コメント良くわかりました。安心しました。
思春期は、実子でも「こんな家に生まれたくなかった」ということがあると思います。
誰だって、生まれる家を選べない。「ここしかない」というのが、一般に近いアイデンティティーではないのかなあ。
「ここしかない」と思ってはじめて立ち上がれることがあるのでは?
親も子どもを選ぶことはなく、神様が結び合わせてくださったから感謝です。
力量ギリギリのところで、必要が備えられると信じて感謝です。
と〜っても祈りが求められますが・・・
天の父と出会い、自立へ向かうことができれば何より感謝です。


 自然体の言葉の中に本質を凝縮するような要素が山ほどあるコメントだと思います。確かに血縁の有無に関係なく、アイデンティティーは揺れ動き、親を否定したくなるのが思春期。辻岡先生ご夫妻が養親に対してよく「養子だから・・・と思わないこと。血のつながった子どもでも同じ」とアドバイスされるのですがその通りでしょう。

 親子は相互が選び得ない関係。それは人間的に見れば不条理極まりない要素も多々あるでしょう。しかし、選び得ないということは神が結び付けられたと受け止めるべきことでしょう。神の結びと「ここしかない」に立たざるを得ないのが親子。いいえ、神の結びを信じ「ここしかない」という事実に立ってこそ、血縁関係の有無に関係なく「親子になる」のでありましょう。「血縁関係があるから、自分たちは親子である」という発想は、考えてみれば神を除外した安易なものなのかもしれません。

 そして、子どもの最終的なアイデンティティーは天の父との出会い。「親子になること」の次は子どもが「神の子とされること」。それによって本当の自立を成し遂げて、親を離れていくのが子どもという存在。親はそうした自立のサポーター役

 私自身も血縁関係のある自らの親子のあり方を、養子家族から問われたり教えられたりすることがしばしばです。今回ご紹介のコメント。ぜひ、親である方々には繰り返しお読み頂き味わっていただければと願うばかり。

| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 11:50 | - | - | - | - |
特別養子家族ドキュメンタリーを観て
 昨日の夜、放送の番組は大変考えさせられるものでした。思春期に入り、アイデンティティーを求めて産みの親と会う事を願う養子と、それを尊重し受け止めて共に葛藤する養親の姿を描き、「親子とは何か?」を問いかけていたと思います。

 今回取り上げられた「環の会」は民間の養子縁組団体です。本会より後にスタートした団体ですが、最大手と言えるようです。番組によれば、年間平均10組程の養子縁組で、意外と少ないという印象を受けました。辻岡先生のお話では今までの養子縁組は300組以上なので、それを26年で割って年間平均すれば、本会の方が多くなります。

 今回の番組ではつくづく考えさせられました。子どもが産みの親を知りたいという「出自を知る権利」と特別養子縁組で結ばれた親子が安定して親子関係を築き上げることの優先順位やバランスは大変、難しい課題。

 番組に登場した養子親子は、一般的なあり方ではないというはお知らせしておく必要があると思います。児童相談所などの公けや本会などを通じての特別養子縁組の場合は、産みの親と子どもの関係はかなり明確に切り離されます。法的には、産みの親は親権を放棄していただいているので、産みの親と会ったり連絡を取ることはあくまで、子どもの側の権利なのです。

 今回取り上げられた例のように、(子の側の権利としてでしょうが)産みの親との関係が一定続くのは、「環の会」のポリシーによるものと思われます。直接、産みの親と養親がお会いして赤ちゃんを委ねるというのも、同様かと思われます。これは、日本では特別なこととして受け止めていただきたいと願います。

 産みの親と会ったり連絡を取ることで子どもが傷つくリスクや養子と養親の関係構築にマイナスをもたらす可能性は否定できないので、私自身は子どももの幸せを最優先に考えた場合、こうしたあり方(プラス面もあるでしょうが)は取らない方を選択します。それぞれのあり方、ポリシーの違いということです。

 環の会は年齢制限も厳しく、障害を含めて無条件で受け入れるなど、ある意味非常にハードルの高い条件を持つようです。それでも、お世話できる赤ちゃんの数より希望者の方が、圧倒的に多いのが現状。深い愛をもって子どもをあるがままで受け入れようと願うご夫妻は日本中にたくさんおられるのです。この現実も知っていただきたいのです。

 今回の放送はとても意義深いものだと思います。ただし、ある一例の紹介であって、一般的な養子家庭を描いているのではないことも理解していただきたいです。「養子は産みの母に必ず会いたがる」「養親は必ずそのことで葛藤することになる」「産みの親と養子の関係は継続する」「養親と産みの親が直接会う」などの画一的なイメージは持たないでいただきたいと願うのです。それは事実とは異なる偏見になりかねません。

 親子関係が築き上げられたり、天の父との出会いなどを経て、「産みの親には感謝はしているが、会いたいとは思わない」と発言する養子たちも多くいる事をお伝えしたいです。

 いずれにせよ、「産まれても、育てられないいのち」がいるのです。片方に「育てたくても産めない夫婦」がおられます。この両者を結びつけることができれば、莫大な人数の小さないのちが守られます。それは、結果的に少子化問題にも一定の解決をもたらすものです。

 長くなってしまいました。この件についてはまた後日記すことができればと願います。
| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 10:41 | - | - | - | - |
今夜10時からNHKで特別養子縁組家族のドキュメンタリー
 再度、確認を兼ねてお知らせです!

 ヒューマンドキュメンタリー「私の“家族”〜特別養子縁組・親と子の15年〜
チャンネル :総合/デジタル総合
放送日 :2010年 5月 7日(金)
放送時間 :午後10:00〜午後10:45(45分)

 もう少し詳しい情報はこちらのサイトを。

http://www3.nhk.or.jp/hensei/program/p/20100507/001/21-2200.html
| ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 16:26 | - | - | - | - |
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