命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
アダルトサイト・アダルトビデオ実害講座(4)
 今回は極端な男性優位主義がもたらす実害。アダルトサイト・ビデオの世界は、基本的なコンセプトは男性優位主義。男性に買ってもらうために、男性の性的願望を満たすように作られた商品ですからある意味必然でしょう。

 そこでは、男女が喜びを共有する性とは別のものが描かれます。女性が男性に奴隷のように仕えたり、男性の命令通りの性行為をさせられたり、人格を否定されるように男性の性欲のはけ口にされたりする作品が主流かと思うのです。

 聖書の第一コリント7:3−5によれば、夫は妻に、妻は夫に対して、つまり相手に対して性的義務を果たすように命じています。そして妻の体は夫のもの、夫の体は妻のものです。夫婦の性においては自分の肉体は相手のためのもの、いいえ、相手が持ち主なのです。ですから、夫婦の性生活では常に自分中心ではなく、相手に対して義務を果たし、相手のために自分の体を用いるのです。夫婦がお互いに相手に喜びを与えようとするのが幸せな性のあり方。

 ところが、アダルトサイト・ビデオは男性が自分を喜ばせるための性が描かれています。それは自己中心な性であり、女性にしたいこと、させたいこと、してもらいたいことが中心。商業化された性描写ですから、現実の性や正常な性、あるいべき性を描かないわけです。

 時々コメントを下さる久保木牧師のブログのある記事に、「夫婦でもAVのようなセックスをしないように」という内容が書かれていたのを思い出します。クリスチャンであっても、聖書が明らかに示している幸せな性関係の原則を知らずに、アダルトサイトやビデオを見続けれるなら、その性生活は幸せからは遠ざかってしまうのでしょう。「夫の満足のための性生活、そのための手段にされる妻」というAV的な性に堕落してしまってはなりません。

 この日本社会に生きる私たちは、「誰の言葉によって」自分の性生活を築き上げているのでしょう?祝福をもたらす神の言葉か?性の歪をもたらす興味本位で商業主義的な言葉か?私たちの性生活の原則は何でしょう?聖書の言葉に従って性生活を考えているのか?それとも、心に焼き付けられたアダルトサイトやビデオの映像をなぞっているか
| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 19:30 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
アダルトサイト・アダルトビデオ実害講座(3)
 先日、名古屋のCLC(キリスト教書店)を訪ねると、恋愛と性の書籍を特集したミニコーナーが。拙著も含めて、KGK高木主事やマレー、ジョシュア・ハリスなどの著書に混じってパク・スウン著「恋愛の品格」なる書物が!

 手にとって目次を見ただけで、「これはすごい!」と分かりました。「デート」、「性」、「傷」、「結婚」の四部からなり、聖書的かつ実際的で具体的。若い人たちの「原則は分かるけど実際にどうするの?」という問いに見事に答えています。私の力量不足で扱えなかった分野や具体的にかけなかった事柄について明確に記してくれています。私以上にストレートではっきり書いてくださっており、それが聖書的で、同時に医師としての知識や経験にも根ざしているので信頼できます。こんな書物が3月に出ていたとは!知らずにいた自分が情けないほどの名著です!

 実はその133ページにはアダルトサイトの実害に触れた記述があります。

「インターネットで性を間接体験した人は結婚後に性を美しく導くことが大変」
「既にゆがんだ性を体験しているため、実際の夫婦関係をつまらなく感じてしまう」
「アダルトサイトの経験は結婚前でも後でも深刻な副作用を生みます」

 医師と青年宣教の働き人としての事例から、大切なメッセージを発信しています。

 同著によれば、何でも、アダルトサイト中毒者は女性を見ると、サイトのシーンが自然とオーバーラップしてしまうまでになるそうです。あるクリスチャン男性がアダルトサイトにはまってしまい、女性とデートしていてもサイトで見たものが浮かんできてスキンシップが深くなりすぎてしまうと告白したという報告もあります。アダルトサイトに深刻な中毒性のあることは拙著「チョット聞けない・・・」の中でも触れましたが、ここまでとは・・・。

 では、信仰面で、具体面でどうすればよいか?指針を示していることがこの書物の美点。それが知りたい方は、同著をお求め下さい。(これ以上書くと営業妨害でしょうから)

 ポルノ情報は、数十年前、一世代前とは激変しています。雑誌や写真、映画館という媒体は、様々な限界を持っていました。しかし、今や個人的に簡単に視聴できるシステムが張り巡らされ、それは人を根底から歪めて中毒患者にしかねないほど強力化しています。

 私は思います。「神様を悲しませるようなものを見ないでね」。クリスチャンホームでのそんな母親の言葉を、何とかある程度は、男の子達が守り通せたのは、今の親たちの世代。今や、「神様を悲しませるようなものを見ないでね」という言葉だけではほとんど通用しないということを、多くの親たち、男性クリスチャンたちの証言から実感しています。

クリスチャンであるなしに関係なく、こうした実害は、かなり明らかなようなので、子どもを守る責任を果たすべき大人が為すべきことは?身近なレベルでできることは?いいえ、大人自身が自分を守るためには?考えさせられます。
| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 17:43 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
アダルトサイト・アダルトビデオ実害講座(2)
昨日のアクセスは1100を超えました。表示されない時もあったようですが、ほぼ復旧したようです。今日には完全復活と期待。

 さて、実害講座の二回目です。アダルトサイト・アダルトビデオにのめり込み過ぎると、実際の性行為が色あせてしまうという話しはよく耳します。

 昨日紹介した岩室医師も「AVの見過ぎで膣内では刺激を感じない」との相談には「物理的な刺激だけで興奮するのではなく・・・」と回答しています。

 アダルトサイト・アダルトビデオの世界は、実際より、はるかに性的魅力を強調した女性が登場し、刺激的なシチュエーションや脚色に満ちています。つまり、架空で誇張された性表現でありショーなわけです。

 そうなると、二次元の架空の世界の方が三次元の実際の世界より、刺激度、興奮度では上なのです。それに反して、実際の正しい性行為が持つ人格性、精神性、それに伴う性的興奮や深い喜びははるかに下回ります。ですから、架空の世界にはまりすぎると、現実の生身の女性に性的興奮を覚えられず、性的機能しなかったり、本来の性的な喜びを味わえなくなってしまうのでしょう。「これなら、サイトやDVDの方がいいや」ということになりかねません。

 このことを無理やり食べ物に置き換えるなら、激辛カレーの食べすぎで、マツタケご飯の味が分からない、インスタント食品に毒されて、愛情の伝達としての母の手料理や愛妻弁当のおいしさを評価できないという現象に相当するのでは?強い刺激を受け続けると微妙なニュアンスが感知できなくなる、即物的なおいしさは、人格性や愛情といった心の喜びを奪います。

 架空の二次元世界で興奮して、現実の三次元世界で機能しないとしたらそれは、ゲームセンターのカーレースゲームで高得点でも、実際の運転免許を持たない中高生たちのようです。私はそれを「性におけるペーパードライバー」と呼びたいです。

 仮想空間での体験が、人格や価値観を形成して、現実空間での生活をスポイルする。過度の刺激を継続的に受けすぎて、感性が麻痺してしまう。即物的な快楽を与えられ続けた結果、人格的な応答の出来ない人間になってしまう・・・・・。現代社会の歪みは至るところに、現われていますが、まさに性の世界も例外ではありません。

 性の世界については、それが表面化しにくいこと、極めてプライベートであること、結婚や家庭を崩壊させるリスクを持っていることなど、深刻かつ扱いにくい問題かと思います。アダルトサイトやアダルトビデオは、いつの間にか、男性たちの心の奥深くに浸透し、人格や価値観をゆがめ、結婚関係を分断し、家庭を崩壊に向けているのでは?と思ってしまう私です。
| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 08:45 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
アダルトサイト・アダルトビデオ実害講座(1)
 以前、記事として取り上げました「夜回り先生の性教育」では、夜回り先生の友達兼専門家が登場していました。それは「コンドームの達人」と自称する岩室紳也医師(泌尿器科)。私個人としては、この方の見解の多くには賛同できないのですが、教えられることは大いにあるので、取り上げました。

 この方、番組内でコンドーム装着を模型を使って実演。様々な注意事項を言いながら、装着完了。最後に一言「ここまで完全にコンドームを装着できる男性はほとんどいません。セックスには妊娠のリスクが伴うことを覚悟で」という現実的なコメント。

 この方、マスターベーションについては「アダルトサイト・アダルトビデオを見ながらしないこと」と明確に注意をしておられます。その理由はアダルトサイトやビデオの架空の性描写をイメージとして焼き付けてしまうと、セックス恐怖症や性的不能になるからだとか。実際にそうした症例が増加しているようです。岩室医師の話では特に裏ビデオ、裏DVDなどの過激なもののリスクが高いようです。

 「男女が愛し合う」というより、「男性が女性を暴力的に扱い、支配し、欲望を満足させるセックスこそ男らしい」という歪んだイメージが刷り込まれてしまうようです。架空の性が、実際に先立って、男性のセックス観を形成してしまうということでしょう。

 二次元映像と異なり実際の女性は、そうした暴力的な扱いを嫌いますし、男性の側も愛する女性をそのように扱うことに抵抗もあるでしょう。自分のイメージどおりの暴力的で支配的、相手の人格を否定する男性的なセックスをしなければならないというプレッシャーは、セックスに対する恐れをもたらすのは?そうしたプレッシャーが心因性の性的不能につながるということでしょうか?

 アダルトサイトやビデオは倫理的な面では、問題視していましたが、こうした極めて現実的な害があることは、この医師に触れて初めて知りました。男女が対等に、相手を大切にして愛し合う「正しい性」を描かずに、女性の人格を否定し歪んだ男性性を誇張することによって、性的な刺激を与えるアダルトサイトやビデオは観るも者のセックス観を大きく捻じ曲げてしまうのでしょう。

 いろいろな分野から「日本人の性が壊れている」との報告を聞いたり読んだりします。それは、結婚や家庭の崩壊にも直結することでしょう。その根底には、実際の性体験前に多くの男子が、極めてリアルで過度に刺激的な性描写に触れ続けている現実があるのは?と危惧しています。
| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 20:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
児童ポルノ、国会で質疑(2)
 一昨日の有村治子議員と鳩山法相の質疑の中では、児童ポルノと成人ポルノとの決定的相違点がいくつか簡潔に語られておりました。読者の皆さんのために、私のつたない解説と共にお伝えしましょう。

 まず、こども本人の同意がないという点で問題です。大人の場合は、本人の同意の上での出演ですが、児童は違います。そこに大きな問題が生じます。お金の力に負けた貧しい国の親が自分の子どもに出演をの強制します。児童幼児の誘拐もそうした児童ポルノへの出演目的が多いのです。そうして脅迫による演技や性虐待が記録されるのです。

 また、本人との契約でないことも問題です。大人の場合は(正当な労働行為かどうかは別として形態としては)契約行為です。しかし、子どもの場合は金銭が支払われてもそれは親にです。つまり、親が子どもに売春をさせているわけです。また、誘拐や脅迫などの場合は一切金銭は支払われません。まさに性的搾取であり、商業行為としても明らかに不当です。

 最も残酷なことは児童であるため、生涯にわたる人格損傷を伴うことです。大人でさえ、性虐待は多くの傷を受け引きずるのです。まだ、人格形成の途中にある児童は、癒しがたい傷を受け、深刻な精神疾患や人格的なゆがみを生涯にわたって持ち続けることになってしまいます。児童ポルノは性虐待と根本的な人格破壊を生み出します。究極の人権問題と言えるでしょう。

 さらにインターネット時代であるため、一旦、記録された映像は半永久的に世界中に配信され視聴されるのです。従来の媒体なら映像、書籍や回収、破棄、製造中止が可能でした。今は、それができない時代。一旦傷つけられた子どもたちは将来的にもいわゆる「セカンドレイプ」を受け続けて、傷つけられていくのです。

 「そういう趣味の人もいるのだから、個人的な単純所持まで罰則を与えるのは行き過ぎでは?」との感覚の方も日本には多いでしょう。警察官から「カバンの中、拝見」で児童ポルノ発見で罰金や処罰というのは、確かに危惧される面もあるでしょう。確かに検閲、監視社会化は考え物。

 しかし、このグローバル化した時代に起こっている悲惨な現実を知るなら、個人の自由と人権ばかりを優先するのはあまりにバランスを欠くと思うのです。「人権やプライベートを尊重する欧米が単純所持を罰しているのです!」と有村治子議員も訴えていました。私もここまで国際的に児童の人権を損なっているなら、処罰化の方向で慎重に検討すべきでは?と思う一人です。
| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 09:37 | comments(2) | trackbacks(1) | - | - |
児童ポルノ、国会で質疑(1)
 昨日は、三泊四日の疲れが出て、一日自宅で休養。午後から国会中継を見ていると何と児童ポルノについての質疑が!

 参院の予算委員会で有村治子議員(自民)が質問。シーファー米駐日大使が1月30日付の読売新聞朝刊の寄稿の中で児童ポルノ所有の違法化を求めたことを紹介し、児童ポルノの問題点を指摘。首相らに「児童ポルノの所持者への罰則化」の検討を求めたもの。

 鳩山法相は「児童ポルノは性的虐待と密接に絡んでおり、単純所持に罰則があっていいとの見解。福田首相も「(児童ポルノを)許容する社会は決して誇るべき社会ではない。しっかりと手を打たなければならない」と明言。

 以前は、何と全世界の児童ポルノの80%は日本人が製作しており、海外から厳しい批判を受けていました。それが児童ポルノ禁止法が制定され、一定の改善を見たようです。

 しかし、同法が1999年に成立した際に単純所持についてはプライバシー侵害にあたるなどの反対意見が強く、罰則化はされなかったとか。有村治子議員によれば、先進8カ国の中で単純所持に罰則がないのは日本とロシアだけだそうです。

 とにかく日本という国はポルノに関しては驚くほど、子どもを守らない国。大人たちにそうした意識が乏しく、法的な整備も著しく遅れています。多くの議員たちからもそうした要望はあるのですが、いつも、法改正がなされていくのは、欧米からのご指摘や圧力。シーファー大使の指摘も(アメリカで禁じても)日本産の児童ポルノがインターネットを通じてアメリカ社会に入るというアメリカ側の実害を背景にしているようです。

 まさに「欧米か!」と突っ込みたくなります。日本の大人たちはもっと子どもを守る声を上げるべきでしょうし、また、既に起こっているそうした声を行政が取り上げて欲しいと願うのです。

 世界中に頒布されている児童ポルノが日本産でなくなるように、同時にポルノから子どもを守る法整備が欧米産でなく、日本産になることを願ってやみません。
| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 12:31 | comments(6) | trackbacks(1) | - | - |
テリー伊藤の少コミ批判
 少女コミックの性表現が何年も前から問題となっています。先々週のこと、妻が朝のワイドショーで特集として取り上げていたのを録画。見てビックリ!ある程度、知ってはいたのですが、改めてその現実に向き合って絶句!

 五年ほど前から、そうした傾向が始まったそうです。以前は恋愛をして手をつなぐかキスするかまでを描いて、少女たちの恋愛願望を満たしていた少女コミック。それが今では今は性行為までいってしまうわけです。

 そうした少女コミックを怪しげな出版社が出しているなら、まだ理解できますが、少女コミックを出版しているのは大手で老舗の小学館!その名もずばり「少女コミック」通称「少コミ」。

 トップレベルの売れ行きで、読者層は13−18歳。教会学校に来ているクリスチャンホームの少女たちも、学校や友達関係の中で、読んでいるようですぞ。女子小学生が姉の本を読むパターンも。読者の皆さんの教会や家庭も他人事では済まされません。

 内容といえば、どう見ても中学生のような幼い顔立ちと未成熟な体つきの少女が彼氏と交際、そして、かなり露骨な性描写。中学生の性体験率は男女ともほんの数パーセント。あたかも中学生が男女交際の中で、性体験に至るのが当然のように描くのは大問題。

 まだ、現実とフィクションの判断もつかず恋に恋する世代の少女たちに、それはあまりに偏った情報だろうと思います。現実とはかけ離れた事例を恋愛モデルとして少女たちに提供するれば、少女たちの性行動を必要以上に煽って早めるのは当然の結果。

 利益至上主義を隠し、表現の自由だの読者のニーズだの、少女たちは判断力があるなど言っている小学館は、最低!表現者、マスコミ人としての良心も責任も金という悪魔に売り渡したのか?

 正しい性情報も、十分な判断力も養わないでおいて、子どもの自由とか言っている親は親権放棄に等しいでしょう。それは、交通ルールもマナーも教えないで、無免許で運転させるようなもの。

 コメンテーターの中には言論人、表現者であるテリー伊藤さんとレディコミ作家さかもと未明さんも。この二人は当然、規制に反対し、表現の自由を訴えるだろうと思いきや予想外のコメント。

 テリー伊藤さんは「この後には妊娠があるんだよ」と一言。「それを描かないのは無責任だろう!よく考えもしないで、妊娠したらどうするんだ。」と意外にも正論を訴えられた。

 さかもと未明さんも、「自分は大人向けのそうした漫画を描いてきたけど、判断能力のない子どもに対して同じものを描くのは無責任すぎる。」とお怒り。

 性を知り尽くした?ご両人を甘く見た私の間違いでした。やはりご両人はその分野ではトップレベルの表現者でありなら、表現の自由よりも子どもを守るという大人の責任を優先されたようです。

 児童ポルノ問題同様、日本は性について大人が子どもを守る責任を放棄しているとしか思えません。祈ること、教会で学ぶこと、不買運動、PTA活動、マスコミへのクレーム・・・・無抵抗、無関心であってはならないはずです。
| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 07:46 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
米が日本に児童ポルノ厳罰化要請
 先週の報道によればアメリカが日本に対して児童ポルノの厳罰化を要請したとか。

 その理由は極めてグローバル。インターネット上の児童ポルノの大半は日本が発信源だとか。要は日本の法規制が緩すぎるので、アメリカが困っているのが理由のよう。

 雑誌やビデオなら、輸入の際に規制もできるでしょうが、ネット上なら、発信元の国で規制してもらうしかありませんね。

 アメリカでは日本とは比較にならないほど、児童に対する性犯罪が横行。女児だけではなく、男児も同性愛者からの性犯罪の被害者になることも決して珍しくない国(グラミー賞ゴスペルシンガーのドニー・マクラーキンもそうした被害者の一人)。

 かつては日本の法規制の緩さが原因で、世界に出回る児童ポルノの約80%が日本製(日本業者が海外で児童を性虐待しそれを撮影したものも多数)であることが問題視され、世界中から非難を受けたことも。それが改善されたと思ったら、今度はネットを通じて配信ですか?日本は今も児童ポルノ発信大国というわけです。

 今回も、このアメリカの要請に応えて、日本の法規制は整備されていくでしょう。それ自体は好ましいことです。でも、悲しく思うのは、児童ポルノが厳罰化されたとしても、それが児童の人権重視を意味するのではなく、アメリカの要請には逆らえないことを意味すること。

 このお話を沖縄で食事中したところ、隣に座っておられたの男性クリスチャンがこうおっしゃいました。「日本はアメリカのポチですから」やはり沖縄人は、日米関係を身をもって味わっておられます。

 アメリカの言いなりでなく、児童の性的犯罪からの保護や児童の人権意識が今回の件を通じて日本社会に高まることを願ってやみません。

| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 08:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
性的傷に苦しむクリスチャン女性(5)
 既婚者のクリスチャン女性にとって最も深刻な性的傷を残すのは中絶の強要。牧師が最も心痛める事例かと思います。予期しない妊娠があり、それがノンクリスチャンの夫にとって極めて不都合に思えた場合、夫婦の間で不一致が起こります。クリスチャンとノンクリスチャンではいのちに対しての感性や価値観が大きく異なるのは当然でしょう。

堕ろさなければ離婚する」と脅されるクリスチャン女性たち、「堕ろせ」と腹を蹴り続られるクリスチャンの妻。そんな話も牧師たちからお聞きします。目の前の苦しみを避けるために大きな罪を犯してしまうことのないようにと願います。

 「離婚」はほとんどの場合は脅しに過ぎませんし、妊婦の腹を蹴るのは立派なDV(あるいはそれ以上の悪)であり、決して許してはいけませんし、耐えるべきでも、暴力に屈服すべきでもありません! 

 中絶をして心身ともに痛むのは女性側です。優しい夫なら共に痛んでくれるでしょうが、夫側の負っていく傷は妻の側とは比べ物にもなりません。

 大切なことは自分ひとりで苦しまないこと、自分ひとりで解決してしまおうとしないこと、目の前の苦しみを避けるために神様にも教会にも内緒で自分ひとりで判断しないことです。牧師夫妻など指導者にご相談ください。もちろん、「小さないのちを守る会」もお手伝いをさせていただきます。

 私はクリスチャン女性がノンクリスチャンの男性と結婚することには否定的です。そこには聖書的神学的な理由もあります。ノンクリスチャンとの結婚によって半数以上の女性が教会生活から離れているという現実もあります。しかし、同時に性の世界で、クリスチャン女性たちが深き傷、癒しがたい傷をノンクリスチャンの夫から受けているという事実があることも、私なりの判断基準のひとつなのです。最も痛々しいものが中絶の強要に他なりません。

 結婚を願うクリスチャン女性たちに何としてもこのメッセージをお伝えしたいです。
| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 09:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
性的傷に苦しむクリスチャン女性(4)
 一昨日(土曜)のアクセスは驚きの917、多分、読者の恋愛上のニーズにこたえられたからでしょうか?それと和田アキ子さんの記事へのアクセスが多いのにはビックリ。

 さて、第四回目は夫婦の性生活における人格否定
ある落語家が結婚をした理由をテレビでこう話していました。それは「先輩に、結婚いいぞ、ただでできるし子どもはかわいいぞと言われたから」。
 彼の結婚の二大理由は無料性欲処理子どもの所有。究極の自己中です。では、いったい妻とは何なのか?無料の性欲処理器か子産み機械か?
 ここには女性の人格も、性における愛も、結婚におけるパートナーシップもありません。ましてや妻と共に人生を歩む意志など全く感じられませんね。しかし、この程度の意識で結婚する男性が少なくないのも事実

 フェミニズム思想を大衆に分かる言葉で啓蒙したあの田嶋陽子先生は「古来女性は二つの袋として扱われてきた」と主張。つまり「子宮」という袋と「出産」というお袋。言い換えれば、性行為と生殖の道具として扱われてきたのです。それが女性の人格否定であることは間違いないでしょう。

三浦綾子の書物にこんなリアルなお話が登場します。ある既婚女性の発言、「うちの主人は、ストリップショーを観て来た後には、必ず私を抱くの、本当にいやらしいわ」ただでさえ、人格否定は傷つくもの、それが最も関係の深い夫婦の間で本質的な性の分野ならなおさらのこと。その傷の深さ、癒しがたさはいかばかりか!それに気がつかぬ男性たちの愚かさには呆れますね。

 本来、夫婦の性とは深い人格関係、心の通い合い、愛情の確認、パートナーの絆作り。しかし、女性が自らが手段として扱われていることに気がつくとき、それは悲惨な人格否定となり、女性たちは性の世界で傷を受けるのです。

 残念ながら、クリスチャン女性にもこのことは起こりうること。こうした傷が夫への潜在的憎悪となり、それが、子どもへの過干渉や支配に走る原因となることもしばしば。よく夫婦の性生活が、夫婦円満だけでなく、家庭全体の円満につながると聞きますが、とても理にかなって現実的、そして聖書的なように思います。
| ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 08:33 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
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