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    <title>命と性の日記〜日々是命、日々是性</title>
    <link>http://blog.chiisana.org/</link>
    <description>小さないのちを守る会代表　水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。&lt;br /&gt;
　目指すはキリスト教界の渋谷陽一＋デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象を論じます。</description>
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    <title>サイトもブログも完全復活？まであと少しかな？</title>
    <description>　本当にご心配とご迷惑をおかけしました。ドメインの期限切れでしたが、昨日入金し、ある程度まで回復したようです。どうも、業者によれば、入金確認しても一旦期限切れになると回復には時間がかかるようです。私のPCでも妻のPCでも会のサイトやブログは表示されたりされ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　本当にご心配とご迷惑をおかけしました。ドメインの期限切れでしたが、昨日入金し、ある程度まで回復したようです。どうも、業者によれば、入金確認しても一旦期限切れになると回復には時間がかかるようです。私のPCでも妻のPCでも会のサイトやブログは表示されたりされなかったりで一苦労しています。<br />
<br />
　アクセスは１０日（土）１６２８<br />
　　　　　　１１日（日）　９８６<br />
　　　　　　１２日（月）　２３２<br />
　　　　　　１３日（火）　４５９　という推移。<br />
<br />
　どうも、この数日間は特にご覧いただけなかったようで、お詫びするばかりです。完全復活まであと少しお待ち下さい。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>活動報告・宣教</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-14T14:32:19+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
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    <title>いよいよWATOTO来日</title>
    <description>ワトトとは、スワヒリ語で「子供たち」という意味。ワトトクワイヤーのメンバーは東アフリカのウガンダで、エイズや戦争などの惨事によって親を失った子供たち。歌や踊りを通して、希望のメッセージを世界中に届けます。

　1994年以来、ワトトクワイヤーは人々に愛と希...</description>
<content:encoded><![CDATA[
ワトトとは、スワヒリ語で「子供たち」という意味。ワトトクワイヤーのメンバーは東アフリカのウガンダで、<strong>エイズや戦争などの惨事によって親を失った子供たち。</strong>歌や踊りを通して、希望のメッセージを世界中に届けます。<br />
<br />
　1994年以来、ワトトクワイヤーは人々に<strong>愛と希望</strong>を伝えるために世界各地に演奏ツアーに出かけており、アメリカ、カナダ、オーストラリア、香港での公演では絶賛を受けました。そして、ついに日本初公演です。５月１５日を皮切りに、２６日まで<strong>大阪、和歌山、名古屋、横浜、東京、</strong>の順番でコンサート等が予定されています。<br />
<br />
　エイズ、戦争、見捨てられていく子どもたち・・・・。<strong>性といのちと子どもの問題</strong>ですから、小さないのちを守る会の趣旨にまさに一致。<br />
<br />
　というわけで「小さないのちを守る会」は主催者からの呼びかけに応えて、金城学院、ＶＩＰクラブ、飢餓対策機構、Ｖ．Ｏ．Ｖ．（ブラックゴスペルクワイヤー）などとともに「<strong>ＷＡＴＯＴＯ名古屋」を後援</strong>しています。私自身も名古屋の実行委員の一人として仲間に加えていただいている次第。横浜のWATOTOには広告も掲載。<br />
<br />
　日程、問合せ先など詳細は、<a href="http://www.watoto.jp" target="_blank">こちら</a>をご覧下さい。<br />
　それから<strong>ＰＶは必見</strong>です！日本公演用の予告編というか、プロモーション映像がサイトにアップされています。上のサイト、トップページの左、”７min trailer”と書かれた子どもの絵をクリックして下さい。または、<a href="http://www.watoto.jp/trailer.html" target="_blank">こちらから</a>もどうぞ。<br />
<br />
　観るたびに鳥肌が立ち、涙があふれます。これが<strong>神様の愛と希望</strong>を伝える働きであること、そして<strong>本物の優れたパフォーマンス</strong>であることはすぐにご理解しただけるでしょう。さらにＷＡＴＯＴＯの背後にある教会の働きとアフリカ社会の悲惨を知っていただきたいのです。<br />
<br />
　ぜひ、各地でのＷＡＴＯＴＯ公演にお出かけ下さい。また、クリスチャンであるなしを超えて、貧困、平和、人権、そして愛と希望などを考える貴重な機会となること間違いなしです。ぜひ、友人知人をお誘い下さい。お問い合わせはＷＡＴＯＴＯのサイト記載の連絡先にお願いします。<br />
<br />
　名古屋は来週の火曜日、金城大学のランドルフ講堂。名古屋市内のCLCやライフセンターはチケットを扱っています。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>活動報告・宣教</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-14T08:53:49+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

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    <title>キリスト教界の高木ブー？</title>
    <description>　私は典型的な「８時だよ、全員集合」世代。子どもの頃は、ドリフターズにおける高木ブーさんの存在価値が全く分らなかったのです。晩年の雷様コントでの新境地、人柄を活かしたソロ活動、ウクレレブームへの貢献などで、注目が集まる中、数年前に自叙伝を出版されたとか...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　私は典型的な「８時だよ、全員集合」世代。子どもの頃は、ドリフターズにおける<strong>高木ブーさんの存在価値</strong>が全く分らなかったのです。晩年の雷様コントでの新境地、人柄を活かしたソロ活動、ウクレレブームへの貢献などで、注目が集まる中、数年前に<strong>自叙伝</strong>を出版されたとか。<br />
<br />
　ラジオで聞いたのですが、その中には高木ブーさんがドリフターズになくてはならぬ存在であったことを示す記述があるそうです。それはリーダー、いかりや長介さんの<strong>愚痴を聞く役割</strong>。長介さんに最も年齢が近く、他のメンバーとは異なり、<strong>聞き手</strong>になれる性格のブーさん。<br />
<br />
　超個性派集団をまとめるリーダーの長介さんの苦労は察するにあまりあります。やはり、同じ立場にあり、リーダーの苦労を共感できるブーさんはドリフターズにはなくてはならない存在だったのでしょう。まさにブーさんの存在価値は<strong>テレビに直接映らないところ</strong>、<strong>ファンには知られざるところに</strong>あったわけです。<br />
<br />
　この話を聞いて思ったこと。それは「自分自身が時々、<strong>高木ブー的存在</strong>になっているなー」ということ。実は牧師方との交わりの場、教会をお訪ねしたり、奉仕に伺ってお話しするときに、私が高木ブー化することがあるのです。<br />
<br />
　私にとっては先輩に当たる牧師方、特に団体で重責を担う方、著名牧師、学識の高いと思われる牧師方が、私に向かって、<strong>ぼやき、愚痴</strong>ることがしばしば。正直にご自身の<strong>迷いや葛藤</strong>、そして<strong>弱さや失敗談</strong>さえお話して下さるのです。<br />
<br />
　興味深いことには、同年齢や年下の牧師からはそうしたことは、ほとんどないのです。リーダー的な存在の牧師方ともなれば、同じ団体や地域の後輩方にはお話すべきでないというご判断なのでしょうか。ただでさえ牧師は孤独に陥りやすいもの。リーダー格の牧師となれば、なおさらのこと。<br />
<br />
　そうした愚痴やぼやきは決して醜いものではありません。教会を愛し、宣教の前進と主の正義の実現を願うことの裏返しとしての愚痴やぼやきだからです。それらは何ら<strong>不信仰</strong>には思えません。信仰者としての正しい現状認識と問題意識が生み出すものだとさえ思えます。<br />
<br />
　むしろ、私はそのような本音を話していただけることはとても<strong>光栄</strong>に思っています。なぜなら、「<strong>この人は理解共感できる。受止めてもらえる。そして他言しない</strong>」と高い評価と深いご信頼をいただいているのだろうと思うからです。そして、牧師も<strong>本音で話せる交わりを</strong>必要としており、その必要を満たすお手伝いをさせていただけるからです。何より私にとっては勉強にもなりますし。<br />
<br />
　私が高木ブーの機能を果たすことは、まさに牧師が健全なリーダーシップを発揮するための一助になっているのでは？と勝手に解釈をしています。「本当は<strong>教会の中に高木ブー信徒</strong>がいるといいのだけどなー。でも難しいだろうなー」とも思っている私です。<br />
<br />
　「<strong>長さんも</strong>大変だったろうけど、<strong>牧師</strong>も大変だよなー。<strong>ブー</strong>さんもいい働きしてただろうから、<strong>自分</strong>もしていこうかなー」などと思っているドリフターズ全盛期世代の私です。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>キリスト教界</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-13T22:18:23+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.chiisana.org/?eid=774035">
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    <title>ブログもサイトも復活したのかな？</title>
    <description>　ドメインの更新も支払いも終了。入金確認メールも到着。もう大丈夫と思ったら、これがもう一つ。自分のＰＣからは、一度目はブログが見れたのですが、二度目は駄目。それで妻のＰＣからチャレンジして成功。今、書いています。いまだに観れない方もいるのでは？と申し訳...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　ドメインの更新も支払いも終了。入金確認メールも到着。もう大丈夫と思ったら、これがもう一つ。自分のＰＣからは、一度目はブログが見れたのですが、二度目は駄目。それで妻のＰＣからチャレンジして成功。今、書いています。いまだに観れない方もいるのでは？と申し訳ない気持ちで一杯。<br />
<br />
　ドメイン取得先とサイトの管理者の方には、問い合わせをしています。完全回復に向けて奮闘中です。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>活動報告・宣教</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-13T21:24:29+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.chiisana.org/?eid=772350">
    <link>http://blog.chiisana.org/?eid=772350</link>
    <title>危機対処できてこそ健全なのでは？</title>
    <description>　昨日は大阪で奉仕して、今日まで一泊。本日の午後は、某教会の先輩牧師夫妻を訪問し、しばらくお交わり。その牧師は、昨日が就任式。実は別の地域の教会からの異動だったわけです。

　その牧師が、異動前に教会に「遺言」のように残していったのが、「危機対処マニュ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　昨日は大阪で奉仕して、今日まで一泊。本日の午後は、某教会の<strong>先輩牧師夫妻を</strong>訪問し、しばらくお交わり。その牧師は、昨日が就任式。実は別の地域の教会からの異動だったわけです。<br />
<br />
　その牧師が、異動前に教会に「遺言」のように残していったのが、「<strong>危機対処マニュアル</strong>」。正確に表現するなら、「<strong>危機対処についての教会規則</strong>」。つまり、牧師が精神疾患などで<strong>機能</strong>できなくなったり、<strong>不祥事やカルト化などで、不健全な状態</strong>に陥った場合に、教会として代務者を立てて、対処できる規則を残し、それを教会として承認したようです。特に牧師に問題があった場合にそれを<strong>判別</strong>し、適切に<strong>悔い改めに導き、戒める根拠</strong>となるわけです。<br />
<br />
　残念ながら、多くの教会では牧師が機能しなくなることや不祥事を起こす事を<strong>前提</strong>に規則が作られておらず、いざとなると、困ってしまうようです。教会に<strong>対処の根拠</strong>がないので、牧師を正しく戒め、問題解決することができなくなるわけです。<br />
<br />
　原発事故は起こらないという前提の上で、原発事故対処マニュアル日本に存在しなかったら、大問題でしょう。それに似たような<strong>危機感</strong>を、私はアエラ報道以来、特に強く感じていますし、それまでも、実際に類似の事例を見聞きして、そうした<strong>教会規則の必要性</strong>を痛感していました。<br />
<br />
　所属団体にそうした規則があればいいのですが、多くの教会は（特に単立、各個教会主義的な団体）それを持っていないようです。お会いした牧師も、以前牧していた団体の構造や規則では、危機対処が十分出来ないことを痛感され、<strong>一教会として、危機対処</strong>を実行でき、なおかつ、その際の根拠を与えるものとして規則を残してゆかれたようです。<br />
<br />
　これは牧してきた指導者が去る時の<strong>最高の置き土産</strong>であると思うのです。そして、教会を愛するが故、「<strong>健全な教会であり続けて欲しい</strong>」と願う愛の結晶だと言えるでしょう。<br />
<br />
　ちょうど、クリスチャン新聞のオピニオン執筆の締め切りが近づいており、アエラ報道に応答して何か書きたく願っていました。この先輩牧師の尊い実践を紹介し、これに倣っていただけるように、読者の皆さんにおすすめしようと検討中。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>活動報告・宣教</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-12T21:17:56+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.chiisana.org/?eid=772293">
    <link>http://blog.chiisana.org/?eid=772293</link>
    <title>ドメイン有効期限切れのお詫び</title>
    <description>守る会のサイトのドメインが５月１１日で期限切れにもかかわらず、更新手続きを忘れておりました。大変、ご迷惑とご心配をおかけし申し訳ありませんでした。明日（５月１３日）の午前には更新終了し、再開の予定です。
</description>
<content:encoded><![CDATA[
守る会のサイトのドメインが５月１１日で期限切れにもかかわらず、更新手続きを忘れておりました。大変、ご迷惑とご心配をおかけし申し訳ありませんでした。明日（５月１３日）の午前には更新終了し、再開の予定です。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>活動報告・宣教</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-12T20:41:55+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.chiisana.org/?eid=769866">
    <link>http://blog.chiisana.org/?eid=769866</link>
    <title>恋愛と結婚、どちらが面白いか？</title>
    <description>　我が家の名言名句活用辞典には次のような言葉があります。

「恋は結婚より面白い。小説は歴史より面白いからだ。」（イギリスの思想家・カーライル）

　なるほど、恋愛と結婚の違いは小説と歴史の違いに似ています。想像や夢想でのストーリー展開がある恋愛は小説...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　我が家の名言名句活用辞典には次のような言葉があります。<br />
<br />
<strong>「恋は結婚より面白い。小説は歴史より面白いからだ。</strong>」（イギリスの思想家・カーライル）<br />
<br />
　なるほど、恋愛と結婚の違いは小説と歴史の違いに似ています。<strong>想像や夢想でのストーリー展開</strong>がある恋愛は小説、<strong>日々の実生活の事実の積み上げ</strong>である結婚は歴史でしょう。<br />
<br />
　そして、確かに小説は歴史より面白い要素があるのも事実。現実に縛られない自由な発想がそこにはあります。歴史には解釈も脚色も編集もあるでしょうが、何より事実が重視されます。<br />
<br />
　では、本当に小説が歴史より面白か？と言えば、どうでしょう？優れた歴史番組、歴史ドラマなどは小説より面白いですね。何よりも事実であることに説得力やリアリティーがあるはず。<br />
<br />
　恋愛はある意味、空想小説。面白いけど、説得力とリアリティーにかけます。片や結婚は事実の積み上げである歴史、面白みにかけるかもしれませんが、<strong>事実の持つ力や重みがありますね</strong>。<br />
<br />
　結婚には恋愛のような面白みはないかも。しかし、恋愛にはない<strong>現実性</strong>が結婚はあります。それはとてもリアルな幸福だったり不幸だったり。結婚がもたらす悲劇は小説以上の悲劇ですし、結婚がもたらす喜びはハッピーエンドの小説よりハッピーですから。<br />
<br />
　「<strong>事実は小説より奇なり</strong>」という言葉の通り。まあ、<strong>恋愛を繰り返している</strong>限りは本当の幸せには到達できないと覚悟しましょう。それは夢のようにはかない幸せ。そのことに気が付き始めて、<strong>動かしがたい幸福</strong>を得たい人は結婚にチャンレジしてみては？だけど、結婚後はそのような幸せな結婚生活を築き上げる<strong>努力</strong>をお忘れなく。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>恋愛・結婚・性</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-11T06:06:54+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.chiisana.org/?eid=769844">
    <link>http://blog.chiisana.org/?eid=769844</link>
    <title>皆様に三つのお願いです</title>
    <description> 最近は安定して１０００アクセスを超えています。半年振り？で三つのお願いです。それは、サイト本体通過、リンク、入会のお願い。

　まずは、サイト通過のお願いです。何度もお願いして申し訳ないのですが、読者の皆さんはどうか、
サイト本体に一度アクセスして後...</description>
<content:encoded><![CDATA[
 最近は安定して１０００アクセスを超えています。半年振り？で<strong>三つのお願いです</strong>。それは、<strong>サイト本体通過、リンク、入会</strong>のお願い。<br />
<br />
　まずは、サイト通過のお願いです。何度もお願いして申し訳ないのですが、読者の皆さんはどうか、<br />
<a href="http://www.chiisana.org" target="_blank">サイト本体</a>に一度アクセスして後、ブログにお出でいただけないでしょうか？そのほんの<strong>一手間の愛が</strong>、尊いいのちを守ることにつながるのです。どうか、ご協力をお願いします。<br />
<br />
  次は、リンクのお願い。<strong>読者の皆様のサイトやブログから、守る会サイトにリンク</strong>をはって下さることで、検索の上位化につながり、一般の方との接点がいよいよ増えてゆきます。私たちは超教派団体なので、特定の教会や個人にリンクはできませんが、<strong>こちらに対してのリンクは大歓迎</strong>です。どうかこうした面でもご協力をお願いします。<br />
<br />
　最後は入会のおすすめ。「小さないのちを守る会」の働きは、経済的には主に会員の方々のご支援によって支えられています。本ブログもキリスト教会と日本社会に広くいのちと性の大切さを発信するための「小さないのちを守る会」の働きの一環とご理解下さい。よろしければ、<strong>会員となって支えていただければと</strong>願います。年会費は一口３０００円からです。「小さないのちを守る会」サイトの左上「小さないのちを守る会って？」の中の活動を「サポートしたい」から、お申し込み下さい。<br />
<br />
　以上、ご協力お願いいたします。新規読者の皆様にはとりわけ、今後もご愛読をよろしくお願いします。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>活動報告・宣教</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-10T21:48:20+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.chiisana.org/?eid=769434">
    <link>http://blog.chiisana.org/?eid=769434</link>
    <title>盗撮被害のやりきれなさ</title>
    <description>　アエラ関係へのアクセス集中もなくなり、平常営業中にもかかわらず、今月の平均アクセスは１０００を超えております。感謝。感謝。

　先日、テレビの朝のワイドショーで盗撮問題が取り上げられていました。脱衣所、浴場、トイレなどに雇われた女性がカメラをしかけ、...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　アエラ関係へのアクセス集中もなくなり、平常営業中にもかかわらず、今月の平均アクセスは１０００を超えております。感謝。感謝。<br />
<br />
　先日、テレビの朝のワイドショーで<strong>盗撮問題</strong>が取り上げられていました。脱衣所、浴場、トイレなどに雇われた女性がカメラをしかけ、盗撮、それが<strong>DVD等になって市場に出回るというもの</strong>。同じ女性が協力していることも、女性達には大きなショックなのです。<br />
<br />
　ワイドショーが何を問題としていたかといいますと、被写体となった被害者女性の<strong>やりきれなさ</strong>。番組では被害者となった一人の若い母親が登場。銭湯で盗撮され、その映像が流通していることを知り、ショック。夫と共にその映像がネット上に流出していないかを調べているとのこと。<br />
<br />
　何より被害者女性の苦悩は深いものです。街を歩いていても、すれ違う男性たちが<strong>自分の映像を見ているのでは？</strong>と思い悩みます。特に<strong>ネット上に流出</strong>すれば、半永久的に対処のしようがありません。中には、子どもの心情を思って、<strong>手首を切った</strong>母親もいるとか。被害者女性の心の傷の深さ、日々の生活や将来への打撃は計り知れません。<br />
<br />
　最もやりきれないことのは、そうしたビデオやDVDを被写体となった本人が訴えても<strong>回収等ができないこと</strong>。明らかに<strong>非合法</strong>な撮影で、<strong>被写体の承認を得ていないのですから</strong>、これは犯罪です。しかし、流通をたどっていっても、ほとんどの場合は製作会社や撮影者まで、たどり着くことは不可能だとか。<br />
<br />
　では、販売やレンタルをしている<strong>業者を罰することや、商品の強制回収</strong>などができるかと言えば、現行の法律ではできないそうです。それどころか、非合法の商品を扱うことになった流通業者は自分達を<strong>被害者</strong>であると主張するとか。<br />
<br />
　犯罪行為によって撮影された映像が、堂々と流通しており、それを取り締まることができず、被写体となった女性達はただ、恐れ続け、苦しみ続けるしかない現実。<br />
<br />
　表現の自由などとの絡みもあるでしょうが、<strong>犯罪行為の加害者が罰せられず、被害者が苦しみ続けるしかないという全体構造</strong>だけは、あってはならないはずです。そして、このことは<strong>一般の女性達が誰でも</strong>、公の場などで、そうした盗撮被害にあう可能性があることを意味しているのです！日本が<strong>盗撮社会</strong>にならないことを願うばかりです。<br />
<br />
　
]]></content:encoded>
    <dc:subject>恋愛・結婚・性</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-10T12:01:15+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.chiisana.org/?eid=766682">
    <link>http://blog.chiisana.org/?eid=766682</link>
    <title>ポップミュージックが描く性の世界（１５）</title>
    <description>ユニコーン「時には服のない子のように」
がんばる女、力になる男〜高尚な理由のこじつけによるやましい行為の正当化。

　昨日に続いて、また、ユニコーン。ネット上に歌詞がないのが残念！題名は明らかにカルメン・マキによる大ヒット曲「時には母のない子のように」...</description>
<content:encoded><![CDATA[
ユニコーン「<strong>時には服のない子のように</strong>」<br />
がんばる女、力になる男〜<strong>高尚な理由のこじつけによるやましい行為の正当化。</strong><br />
<br />
　昨日に続いて、また、<strong>ユニコーン</strong>。ネット上に歌詞がないのが残念！題名は明らかにカルメン・マキによる大ヒット曲「時には母のない子のように」のパロディー。この曲は「服のない子」つまり、<strong>風俗譲と彼女に足しげく通うリピーター</strong>という男女双方の思いがつづられていて、これがなかなか深いのです。<br />
<br />
　いかにもというロックのリフに乗って曲は開始。まずは風俗嬢の思い。<br />
<br />
♪金が欲しいからがんばるー　体を使ってかんばるー<br />
　とてもいやだけど、がんばるー　・・・・・・<strong>愛する彼のためにする</strong>♪<br />
<br />
　風俗嬢はがんばっています。なぜならがんばるための<strong>崇高な理由</strong>があるからです。それは「愛する彼のため」。<br />
<br />
　その風俗嬢の気持ちにリピーターの男性客が応答<br />
♪オレにはあなたの気持ちがよく分かる<br />
　<strong>力になるから</strong>、灯りを消して・・・・<br />
　ランデブー、　がんばるー♪<br />
<br />
　彼にも彼女のもとに通うための高尚な理由があります。それは「そんながんばっている<strong>彼女の力になるため</strong>」なのです。<br />
<br />
　さらに２コーラス目には彼は風俗嬢の<strong>社会貢献</strong>さえ、高らかに歌いあげ、リピーターであり続けることを決意します。<br />
<br />
　♪♪オレにはあなたの気持ちがよく分かる<br />
　　　<strong>輝くみんなの明日のために、明日のために、明日のために・</strong>・・・<br />
　　　ランデブー、　がんばるー、<strong>また来るー</strong>♪<br />
<br />
　このリピーター男は風俗産業の存在意義を「みんなの明日のため」と崇高な社会貢献にまで強引に高めてしまって、「また来る」と言ってしまうわけです。<br />
<br />
　何と見事、そして強引な正当化でしょう。通常の感性の持ち主なら、風俗産業で働くこ女性にも、そこに通い詰める男性にも、一定の<strong>「やましさ」</strong>はあるもの。そして、人間はその行為自体が持つ「やましさ」をなくすために「<strong>高尚な理由」をこじつけます</strong>。<br />
<br />
　これが今回のテーマ。「<strong>高尚な理由のこじつけによるやましい行為の正当化」</strong>。この曲の場合、「愛する彼のために」「がんばる彼女の力になる」「輝くみんなの明日のため」という<strong>三つの高尚な理由が風俗産業を正当化</strong>しています。「愛」、「援助」、「社会貢献」など本来、風俗産業と結びつきにくいものが結びつくところがまさに「<strong>こじつけ</strong>」。「愛」、「援助」、「社会貢献」ならボランティアや社会奉仕、福祉活動をすればいいのです。何も風俗関連である必要はありません。<br />
<br />
　しかし、「高尚な理由のこじつけによるやましい行為の正当化」は<strong>性の世界では常套手段</strong>。「<strong>援助交際</strong>」などはまさに、その言葉自体が「<strong>不当な正当化</strong>」だと思えます。貧しい母子家庭を助けるための<strong>愛人</strong>、女性が自立できない社会での<strong>一夫多妻</strong>などもそうかもしれません。日本人男性が貧しいアジアの国の女性を買うのを「<strong>国際援助</strong>のひとつ」と発言し大ヒンシュクをかった人もいましたっけ。<br />
<br />
　もう一つ思い出しました。「一日一善」「世界は一家、人類は兄弟」などと日本船舶振興会が頻繁にテレビCMを流していたころ。ある競艇ファンのおじさんはこう言っていたとか。<br />
<br />
「競艇はええで！勝てば儲かるし、負けたらそのお金は笹川さんが<strong>世のため人のために使ってくれはるから</strong>・・」<br />
<br />
　人間とはどうもやましい行為から、やましさを取り除くためには、<strong>かなり強引な理由付け</strong>を平気でできてしまうようですね。私たち人間はあきれるほどの罪人。罪を犯すためなら、自分の欲望を果たすためなら、<strong>どんな高尚ものさえ、その理由</strong>にしてしまいます。「愛しているから・・・・」とやましい欲望を愛に見せかけ、「助けてあげたいんだ・・・」と下心を親切心で隠し、「それも世のために人のため・・・」と不正行為を社会貢献に置き換えてしまいかねない私たち。<br />
<br />
　それに<strong>騙されてはいけません</strong>。また、それで<strong>自分を騙してはなりません。</strong><br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>恋愛・結婚・性</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-09T08:18:37+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
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    <link>http://blog.chiisana.org/?eid=765325</link>
    <title>ポップミュージックが描く性の世界（１４）</title>
    <description>ユニコーンの「ペケペケ」
とりあえず愛している〜愛と尊敬心の強制分離

　日本のロックなど全く無関心な私も奥田民生くらいは知っています。しかし、最近まで知らなかったことがあります。奥田民生って、あの玄人好みのロックバンド「ユニコーン」のメンバーだったの...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<strong>ユニコーンの「ペケペケ」<br />
とりあえず愛している〜愛と尊敬心の強制分離</strong><br />
<br />
　日本のロックなど全く無関心な私も<strong>奥田民生</strong>くらいは知っています。しかし、最近まで知らなかったことがあります。奥田民生って、あの玄人好みのロックバンド「<strong>ユニコーン</strong>」のメンバーだったのですね。<br />
<br />
　このバンド、洋楽ロックを見事に消化し、自らの表現方法として獲得しつくしています。なおかつ、ユニークでディープな世界観を持つ歌詞を伴う優れたバンド。TSUTAYAでレンタルしたベスト版の歌詞カードを一読しただけで<strong>受けまくり</strong>。現代人の<strong>性愛を描く歌詞</strong>が多いのですが、実に<strong>鋭く深い考察</strong>に満ちていて、しかも、それが笑えるやら怖いやら。<br />
<br />
　今回取り上げるのは<a href="http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND6682/index.html" target="_blank">「ペケペケ」。</a>作曲は奥田民生で作詞は川西幸一。登場するのは<strong>夫に愛想を尽かしながらも愛し合おうとしている？妻</strong>と独りよがりで何も分かっていない幼稚で愚かな夫という夫婦。一番リアルで怖い歌詞は妻のせりふに相当するこちら。サビで繰り返される歌詞です。<br />
<br />
　<strong>好きなこと言ってなさい　いつも<br />
　あたいがいなけりゃ　何も<br />
　出来やしない　あんたはテディー・ベア<br />
　とりあえず愛している<br />
　お墓までいっしょに　ペケペケ男</strong><br />
<br />
<br />
　昔は夫が妻を対等な人格として扱わず、見下げたり軽蔑しながら、結婚生活を送ることも多かったようです。しかし、最近は賢くしっかり者の女性が未熟で自立不足で依存的な男性に愛想を尽かしながら、交際や結婚生活を継続したり。<br />
<br />
　ここに描かれているのは<strong>愛と尊敬心の分離状態</strong>。幸せな恋愛や結婚は、相手に対する愛に<strong>尊敬心</strong>が含まれていること。その意味でこの歌は典型的な不幸な結婚の姿を描いています。<br />
<br />
　しかし、そこには矛盾が。尊敬できぬ夫を軽蔑しきって捨てるわけではなく、愛していく妻<strong>。「ペケペケ」と</strong>不正解だらけの夫に不満一杯の反面、<strong>生涯のパートナー</strong>として生きるつもりではいる妻。出てくる言葉は「とりあえず愛している」<br />
<br />
　「<strong>とりあえず愛している</strong>」ってどんな愛？それって中途半端すぎない？でも、そんな夫婦やカップルいるよねー、実際。<br />
<br />
　これは、夫を生涯のキープ君にする形態の「<strong>夫キープ型結婚</strong>」か？はたまた、ダメ男に依存されることで自己価値確認をしてしまう「<strong>共依存型結婚</strong>」か？いずれにせよ、現代日本ではこうしたカップルは増加中なのでは。<br />
<br />
　尊敬と愛の両立、あるいは一致！「<strong>愛と尊敬に値する相手</strong>」という発想に走るなら、とたんに関係悪化か、「いい人いない」の不満連発に。まずは「愛と尊敬に値する自分（夫、妻、男性、女性）」という発想からスタートすることかと思いますよ。「自己改善や自己成長なき、他者への要求」ほど、空しく効果のない態度はありませんから。<br />
　<br />
　<strong>愛と尊敬で結ばれたカップル</strong>。読者の皆さんには、そんな関係を目指したり、そんな関係であり続けていただきたいと願うばかり。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>恋愛・結婚・性</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-08T06:10:53+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

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    <title>ポップミュージックが描く性の世界（１３）</title>
    <description>　羞恥心の「羞恥心」
知性なき愛こそ、純愛？〜愛と知性の強制分離

　今回取り上げるのは「羞恥心」なる男性トリオが歌う「羞恥心」。ポップミュージックの世界は、音楽産業としての側面が強すぎる世界。ですから音楽表現としての優劣と売れる売れないが、ほとんど別...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　<strong>羞恥心の「羞恥心」<br />
知性なき愛こそ、純愛？〜愛と知性の強制分離</strong><br />
<br />
　今回取り上げるのは<a href="http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=63887" target="_blank">「羞恥心」なる男性トリオが歌う「羞恥心」。</a>ポップミュージックの世界は、音楽産業としての側面が強すぎる世界。ですから音楽表現としての優劣と売れる売れないが、ほとんど別になってしまうことも。<br />
<br />
　近年まれに見る<strong>音楽表現の乏しさと商業的大成功を両立</strong>したのがこの「羞恥心」なる楽曲。音楽的には完全に少年隊などのパロディー。特にAメロの三連符フレーズは見事ですが、仮面舞踏会のパクリそのもの。その他もすべて、男性アイドルグループのおいしいところを集めて固めたような曲作り。単調にならぬようおしいしいフレーズを有機的に組み合わせ一つの曲として成立させているという意味では抜群の作業をしています。高原兄、恐るべし。<br />
<br />
　辛口批評をすれば、人気番組とタイアップして、紳助さんの後押しで、人気キャラが歌えば、音楽表現とはほぼ無関係で売れてしまうという「<strong>音楽という名前のヒット商品」。</strong><br />
<br />
　作詞は島田紳助さんだそうですが、クイズ番組で人気の三名のキャラそのもの歌詞。いわゆる「<strong>おバカ」キャラ</strong>丸出しで、知識はなくても、生き方ベタでも、プライドを平気で捨てれば、道が開けると信じ、一途に愛するというもの。名づけて「<strong>おバカ流、純愛ソング</strong>」。<br />
<br />
　プライドを捨て恥を恥とも思わず、ひたすらに一人の女性を愛する姿勢はご立派。打算や損得勘定がないという意味では、「おバカ」は「<strong>純愛</strong>」に通ずるのかもしれません。でも、「<strong>知性なき愛こそ、純愛</strong>」というのは行き過ぎでしょう。<br />
<br />
　この曲の結論は多分「<strong>人生、夢で生きてる</strong>」という歌詞に集約されているのでしょう。いかに純粋で夢にあふれていても、中高生ではなく、大人なのだから、そこには一定の「責任」もあるはず。夢だけで生涯貫徹できるほど愛の世界は甘くないのでは？学歴や知識は乏しくても大丈夫でしょうが、ただの「<strong>純粋一途なおバカ</strong>」では、愛する女性を幸福にすることも、幸せな恋愛をすることも難しいのでは？<br />
<br />
　愛とは相手を観察し、理解し、相手の最善を考え、願い、実現していくこと。そこには一定の<strong>知的な能力</strong>が要求され、<strong>知的な作業</strong>も必要です。決して<strong>「気持ち一発」</strong>ではないはず。<br />
<br />
　聖書は「<strong>知性を尽くして愛しなさい</strong>」と愛を命じています。一途に愛すること、全身全霊で誰かを愛することは、当然、知性を用いて愛することを含んでいるはず。<br />
<br />
　私が思うに「羞恥心」なる男性三名、いずれも低学歴・高学力。低知識で高生活力だと推察しています。本当の意味で「おバカ」なら、バラエティー番組であれだけ製作側の意図通りの回答やリアクションはできないでしょうから。クイズの珍回答は天然で本物でも、彼らは決して本物の「おバカ」ではなさそうです。おバカも<strong>演出、芸</strong>のうちなのでしょう。<br />
<br />
　ですから、賢明なリスナーや視聴者の皆さんが、本気で「<strong>おバカのままで、一途に女性を愛するのが純愛」「知性なき愛こそ純愛！</strong>」などと信じてしまわぬようにと願うばかり。むしろ、恋愛における知性の大切さをこの記事から知っていただけたら感謝。<br />
<br />
　相手の必要は何か？何が最善か？どうすればそれができるか？いかに実現するか？それを考える「<strong>知的な愛</strong>」の側面。大切な人を愛するためにも、知性を磨き活用するお互いでありたいですね。この曲の大ヒットの中で、「<strong>愛における知性の復権</strong>」を叫びたい私です。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>恋愛・結婚・性</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-07T08:30:35+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
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    <title>定例学び会延期のお知らせ</title>
    <description>　定例学び会にご出席予定の皆様へ

　大変、申し訳ありませんが、５月９日（金）に予定しておりました定例学び会を急遽、延期させていただくこととなりました。こちらの一方的な都合で恐縮で恐縮ですが、どうか御赦し下さい。開催は未定ながら、６月前半の金曜夜を予定...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　定例学び会にご出席予定の皆様へ<br />
<br />
　大変、申し訳ありませんが、<strong>５月９日（金）</strong>に予定しておりました定例学び会を<strong>急遽、延期</strong>させていただくこととなりました。こちらの一方的な都合で恐縮で恐縮ですが、どうか御赦し下さい。開催は未定ながら、６月前半の金曜夜を予定しています。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>活動報告・宣教</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-06T17:53:22+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.chiisana.org/?eid=758532">
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    <title>ポップミュージックが描く性の世界（１２）</title>
    <description>Bonnie PinkのLove is Bubble
「性と愛とのアパルタヘイト（強制隔離政策）」

　一年以上のブランクを経ての復活企画です。はい。ご存じない方は２００７年３月まで連載していたのでご参照を。

　今回取り上げるのはBonnie PinkのLove is Bubble。ある方からご紹介...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<strong>Bonnie PinkのLove is Bubble<br />
「性と愛とのアパルタヘイト（強制隔離政策）」</strong><br />
<br />
　一年以上のブランクを経ての復活企画です。はい。ご存じない方は２００７年３月まで連載していたのでご参照を。<br />
<br />
　今回取り上げるのはBonnie Pinkの<strong>Love is Bubble</strong>。ある方からご紹介をいただいたのですが、「誰それ？洋楽？日本人？」と思ってしまうほど、JーPOP音痴の自分が怖いです。<br />
<br />
「<strong>愛はbubble,愛はtrouble</strong>」と歌いだす歌詞。韻を踏んでキャッチーでよくできた歌詞。「おおっ、<strong>恋愛の空しさと面倒くささを</strong>実感させてくれる歌詞だろうな」と期待していると、「あなたを泡立てよう」「二時間だけお相手」「本気になるのはご法度、本気にさせるの」などの歌詞が登場。<br />
<br />
　「ええっ、<strong>これって！</strong>そんなのあり？<strong>放送禁止</strong>にならないの？」と思ってしまった私です。これは映画「嫌われ松子」の主題歌にもなり、Bonnie Pink自身がソープ嬢の役で映画初出演だったとか・・・・。<br />
<br />
　うーん、日本では<strong>売春</strong>を歌うと放送禁止や発売禁止になるはずなのに、どうしてならないのか？日本の社会では「ソープランドでは売買春は行われていない」という建前があるからなのでしょう。日本は売買春については驚くほど<strong>建前社会</strong>です。<br />
<br />
　歌詞の詳細は<a href="http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B15784" target="_blank">「うたまっぷ」</a>をご覧下さい。さて、この歌詞のすごいのは、ソープ嬢の「<strong>性と愛の分離発想</strong>」を見事に描いているところだと思うのです。私なりに表現するなら「<strong>性と愛とのアパルタヘイト</strong>（強制隔離政策）」女性にとっては、本来、<strong>性は人格的な愛と分離不可能</strong>なもののはず。しかし、「性と愛の分離」。それができなければ職業上不都合なわけです。あるいは、それを決意した上で就業しなくてはいけません。そのように愛をバブルと割り切らなければ、職業上、まさに<strong>愛はトラブル</strong>。<br />
<br />
　主人公は<strong>バブルのような愛</strong>を売り、代価として金銭を得るわけです。こうした売買春の末に、彼女が手にするものを彼女自身がどう評価しているかと言えば、歌詞の最後にあるとおり。「<strong>お金という恋人</strong>を手にしよう、<strong>お手軽な幸せを</strong>手にしよう」。泡のような愛と交換に得たものはやはり<strong>泡のような金銭という幸せ</strong>。男女の愛もお金も時がたてば、あるいは使えばなくなる泡のような消費財。男性との恋愛に<strong>深く継続的な幸せを</strong>期待できなくなった主人公の過去を想起させる優れた歌詞です。<br />
<br />
　「<strong>売買春とは何なのか？</strong>」それが「<strong>愛と金銭の等価交換」</strong>でないことだけは明らかなようです。あえて言うなら、「愛という名前の泡とお金という名前の泡の等価交換」となるでしょうか？「男女がお互いのニーズの一致と合意の上で、<strong>性質の異なる泡を交換すること</strong>」それが売買春というシステムでしょう。<br />
<br />
　男女とも大きな犠牲を払ったとしても最終的に得るのは<strong>泡に過ぎません</strong>。ようは「<strong>泡でもいいから」と割り切る男女の契約関係</strong>とも表現できるのでは？（売春せざるを得ない貧しさなどがある場合を別とすれば）売買春に関わる男女は、やがては消える空しさ、深まりも発展も望み得ない空しさから逃げることはできないでしょう。<br />
<br />
　love is bubble　というタイトルと歌詞は、<strong>性と愛の強制分離がもたらす底なしの空しさ</strong>を表現しているように思うのです。「空しくたって、当人たちがよければいいじゃないか？」そんな反論が聞こえてきそうです。<br />
<br />
 あの<strong>河合隼雄</strong>は言いました。「<strong>援助交際は魂に悪い</strong>」と。売買春の当事者たちには、笑われあざけられる言葉に過ぎないかもしれません。それは自分の価値観を無理やり他者に当てははめる横暴な態度と批判されるかもしれません。<br />
<br />
　しかし、それは深い人間洞察をしてきた心理学者として「あなた自身もわかっていないかもしれないけれど、それはあなた自身も根底からゆがめ不幸にするのよ！それはあなたを本当の性と愛の喜びから、いよいよ遠ざけるものなのだよ！」という<strong>愛の言葉</strong>に違いないでしょう。<br />
<br />
　<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>恋愛・結婚・性</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-06T12:24:55+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.chiisana.org/?eid=756592">
    <link>http://blog.chiisana.org/?eid=756592</link>
    <title>クリスチャンホームの家訓</title>
    <description>　今日は結婚式に出席。その後の披露宴にも家族でご招待いただきました。祝辞の中では、新婦の上司（クリスチャン医師）がご自身の代々伝わる？家訓をご披露くださいました。

　一つ、キリストが我が家の主人なり
　一つ、キリストが食事の時の見えざる客なり
　一つ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　今日は結婚式に出席。その後の披露宴にも家族でご招待いただきました。祝辞の中では、新婦の上司（クリスチャン医師）がご自身の代々伝わる？<strong>家訓</strong>をご披露くださいました。<br />
<br />
　<strong>一つ、キリストが我が家の主人なり<br />
　一つ、キリストが食事の時の見えざる客なり<br />
　一つ、キリストが談話の時の沈黙の聞き手なり</strong><br />
<br />
　英語バージョンもあるそうで、きっとそちらがオリジナルなのでしょう。<strong>神の主権と臨在</strong>こそ、クリスチャン家庭の本質と実感。<br />
<br />
<br />
　そう言えば、こんな話も以前の記事に書きましたっけ。<br />
<br />
<strong>仏教には、仏壇がある<br />
神道には、神棚がある<br />
キリスト教には、食卓がある</strong><br />
<br />
こちらもクリスチャン家庭の本質を言い表しているのでは？<br />
<br />
　
]]></content:encoded>
    <dc:subject>子育て・家庭形成</dc:subject>
    <dc:date>2008-05-05T18:21:17+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Kiyoshi Mizutani</dc:creator>
    <dc:rights>Kiyoshi Mizutani</dc:rights>
  </item>

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